現在、竹台子というと利休好の小が主流で、これに風炉を載せてしまうことも多いのですが、実は竹台子にも大小がありまして、風炉を載せるのは本来、珠光好または紹鴎好と伝わる竹台子大です。
しかし、この竹台子大を見掛けることは、近年少なくなっています。特に、京間を用いない流派や教室では炉用の小を風炉に代用してしまいがちです。
これは、江戸間では小が、京間に置いた大のように場を占めることも関係しています。
既存の畳の部屋を茶室にするのは、寸法がまるで違い、立て直さない限り京間には直りません。また、女性にとっては京間が大きすぎると感じることも関係しているように思います(宗靜先生などは江戸間でずっと稽古されてきたので未だに京間には慣れないと仰います)。
それとは逆に京間で用いられなくなったのが、真台子小です。
利休好とも如心斎好とも伝わる真台子小は、如心斎から川上不白に贈られ、表千家では真台子大のみを用いるようになったからと言われます。いわば、川上不白へ贈った如心斎の永久欠番的な扱いですね。
江戸千家の川上不白はこれを江戸間の真台子として風炉に用いたため、真台子小ということではなく江戸間用真台子とされてしまった訳です。
このままでは、竹台子大と真台子小が茶道から失われてしまいそうな懸念を感じております。こうした歴史を教えず、ある物だけを教える昨今の風潮に警鐘を鳴らすものであります。
しかし、この竹台子大を見掛けることは、近年少なくなっています。特に、京間を用いない流派や教室では炉用の小を風炉に代用してしまいがちです。
これは、江戸間では小が、京間に置いた大のように場を占めることも関係しています。
既存の畳の部屋を茶室にするのは、寸法がまるで違い、立て直さない限り京間には直りません。また、女性にとっては京間が大きすぎると感じることも関係しているように思います(宗靜先生などは江戸間でずっと稽古されてきたので未だに京間には慣れないと仰います)。
それとは逆に京間で用いられなくなったのが、真台子小です。
利休好とも如心斎好とも伝わる真台子小は、如心斎から川上不白に贈られ、表千家では真台子大のみを用いるようになったからと言われます。いわば、川上不白へ贈った如心斎の永久欠番的な扱いですね。
江戸千家の川上不白はこれを江戸間の真台子として風炉に用いたため、真台子小ということではなく江戸間用真台子とされてしまった訳です。
このままでは、竹台子大と真台子小が茶道から失われてしまいそうな懸念を感じております。こうした歴史を教えず、ある物だけを教える昨今の風潮に警鐘を鳴らすものであります。