表千家では、3月に透木釜、4月に吊釜
 裏千家では、3月に吊釜、4月に透木釜
 武者小路千家では、3月に透木釜、4月に吊釜

 当流でも、三月に透木釜で四月に吊釜ですね。

 当庵ではまだこの二つの釜は用意できていないので、残念ながらオミットさせていただいております。近い将来、購入してやりたいと思いますけれども。

 吊釜は、現在「釣釜」と書かれることが多いですが、吊るすので、本来は「吊釜」です。この吊釜については、少々疑問があり、時期的なことから鑑みて野点であったので吊釜をしたということであって、しかも、この四月というのは旧暦の四月であり、現在の「5月」に相当します。

 また、利休が雲龍釜の小を用いたということは「風爐」の扱いであったと考えるのが自然ではないでしょうか(野点だから小という理由もありですが)。

 この辺り、まだまだ研究が必要ですね。