茶道で用いる花瓶は「花入(はないれ)」といいます。
 これに対し、華道で用いる花瓶は「花生(はないけ)」といいます。

 これは、花に対する考え方の違いから、言い方が異なると言われています。

 茶道では「花は野にあるように(七則)」と言われるように、「自然にそこにあるかのうように荘(かざ)る」ことを好しとするため、華道のように茎を矯(た)めたり、枉(ま)げたりすることはありません。

 華道では逆に「造形の美」を目指しますので、枝振りなどをみて、矯めたり、枉げたりする必要がでてきます(もちろんそうではない生け方もあります)。

 茶道では「花」は茶室全体の中の一つであり、他の道具などとの調和を重んじるのですが、華道ではそれ一つで世界感が表現されなければならないため、花だけでの調和が求められるということが大きく違っているのではないでしょうか。

 また、華道では「投げ入れ」という木の生け方などもありますし、フラワーアレンジメントも大きく分けると華道の一つです。

 そして最も異なるのは、茶花と呼ばれるものが原則として日本に古来から自生する草木を用いるのに対し、華道では洋花も積極的に取り入れているということがあります(この辺りは、流儀によってで、厳密なルールがある訳ではないですが)。

 例えば、忍冬(ニンドウ)。これは吸葛(スイカズラ、吸い葛)のことですが、これは基本的に「和花」です。近年ではこれに替えて、突貫忍冬(という北米原産のものを用いたりする流派も多いと聞きます。また、宗旦が槿(ムクゲ)を好んだことから、日常的に槿を用いる流派もあります。

 同じ種類でも使えるものと使えないものもあり、これも非常に難しいものがありますが、今日は「花入」のお話なので和花の話はこれぐらいにして。

 凝り性の方でも「花入は難しい」というほど、花入は「花が入れられた時のことを考えて選ぶ」ことが重要です。いい品ほど個性が強くなりがちであり、特に陶器は釉景のよいものを選びがちですが、これですと「花」を殺すことがあり、「花」が活きません。ですので、変哲のない渋いもの、シンプルなものを好む傾向が強くなっていきます。

 このことから、焼締や竹、籠、瓢といった素材のものが好まれる傾向があります。特に竹は時期を選ばないため、非常に使い勝手がよいですね。

 月桑庵は小さな稽古場で、しかも仮床ですから、なかなか真の花入(唐銅)や行の花入(瓷器・施釉陶器)は難しく、竹や焼締が中心になってしまいます。