「旅の恥はかき捨て」というと、「旅行に行った先で、その場限りだから、普段は恥と思うこともやってしまおう」と解釈している人がいますが、これは誤りで、「知人がいるわけでもないし、長く留まるわけでもないから、普段とは違う言動を平気でやってしまうものだ」ということであって、「やっていい」ということではありません。

 また、旅行ですと、その土地の習慣や風俗というものを良く知らないために「自分が普段暮らしている土地で常識とされることが、旅行先では非常識という場合もある」ということがこの言葉の根柢(こんてい)にあります。

 昔話ですが、新潟では不祝儀袋に黄色と白の水引を用いる習慣がありますが、他の地域ではあまり見かけません(北陸地方では新潟以外でもこの習慣があります)。全国的には黒と白の水引を用いるものですので、黄色と白の水引を知らなくても仕方ない部分があります。

 ところが、これを祝儀袋と勘違いして贈ったらどうでしょうか。注意深い人なら、購入するときに調べて贈るのが当然ですよね。でも、送ってきた人がいるんです。元妻の義父です(苦笑)

 結婚前に身上書を寄越せというので、奉書紙封筒でこちらは送ったんですが、何を思ったのか、黄色と白の水引がついた不祝儀袋で送って寄越しました。非常識な人でしたので、水に流せないまでも、仕方ないよね……とは思いましたけれども。ただ、そもそも、身上書というのは、水引を用いず、奉書紙に書いて包んで送るものでして、たとえ祝儀袋だとしても間違いではあったんですが、せめて祝儀袋なら笑い話で済んだのですけれども。

 何が言いたいかというと、日本人は「恥の文化」です。
 知らぬ存ぜぬでは「不勉強」という烙印をおされる社会です。勉強する機会などは、いくらでもあり、経験しておくことが大事です。

 その中で、最も大事なことは「思い込みをしない」こと。この「間違いだらけの現代語」シリーズを始めて思ったのは、自分の中でも曖昧な日本語がたくさんあったことです。

「旅の恥はかき捨て」は、旅先だからといって気が大きくなっておかしな行動を取ることはせずに「恥を掻かないように」していても「旅先では恥を掻く」ものであると心得て、旅行を愉しんでもらいたいものですね。