・居住まい【いずまい】
 座っている姿勢。「 -を正す」(三省堂『大辞林』第三版)

 実は「居直る」と同義の言葉ですが、現代では「居直る」の意味が変わってしまっておりますので、違和感を覚える方もが多いかと思います。

 先日も、酒の席で話したのですが、近年「居直る」とは「ひらきなおる」の意味で用いられることが多く、誤解されてしまっている「間違いだらけの現代語」の一つに数えたいと思いますが、これは別のお話に(ネタが一つ増えた!)。

 この場合の居るとは「坐る」ことを意味するのは、居前の話でさせていただきました。この「いる」が「存在する」の意味になったのは日本人の生活様式として「坐っている」ことが当然だったからと考えられます。つまり、坐っている=その場に存在しているという解釈です。

 では、「住まい」はというと、家に人が訪れたときに、最初に目にするのが家の外であることから、その様子はそこに住まう人の心を感じさせます。

 つまり、「居住まい」とは、住居の中に坐っている様子であると言えます。しかし、これを直(ただ)すということは、単に坐っている姿勢を改めるだけなく、生活態度を改めるという意味にも通じます。

 また、坐っている様子を表す「いずまい」に対して、立ってい様子を表す言葉が「たたずまい」です。これには「佇」という漢字が宛てられていますが、日本と支那の生活様式の差が「いずまい」という単漢字が存在しないことの表れであるようにも思います(日本は履物を脱いで上がる床上生活であるのに対し、支那では履物を履いたまま家に入る生活という意味で)。

 このことから、自分が姿勢を正すことを「居直る」というのが正しく、他人が注意するときや客観的にみたときには「居住まいを正す(直す)」と使ったということになります。

 茶道では、居住まいは「坐った姿勢」よりも、「座ったときの着衣の乱れ」を指摘することが多いです。

 これは、両手は茶道具を持って運び出すため、手を添えて居直りながら坐ることができないからで、総礼をした後に、着衣の乱れを直す所作が生まれました。

 挨拶を後にして先に着衣の乱れを直すのは、正座をして待っている客に対して、「安座してもいい」という意味である総礼を先にし、着衣の乱れをその後に直すということで「もてなしの心」を表現しています。

 こうして一つずつ意味を繙いてみると、改めて点前の所作の一つ一つが合理的であり、深い意味があると感じさせられますね。