意外と重視されない七種建水。
 扱いが蓋置ほど大きく変わらないとはいえ、長建水(細建水とも)と卓下建水(平建水とも)は持っていないと扱いが解らないということになりえます。

 卓下建水は「鉄盥(かなだらい)」という形(なり)の建水で、茶巾盥の小を小卓の地板に飾ったものが最初とされます。茶巾盥は唐銅または古銅でできた盥形の器で、小茶巾や茶巾を濡らすための道具です。小卓は下棚が狭く、普通の建水は置けませんから、このような形の建水を用います。

 棚に附随するので持っている方は多いのですが、長建水はなかなか見かけません。

 長建水は「槍鞘(やりのさや)」「棒先(ぼうのさき)」「箪瓢(たんぴょう)」の三種で、この建水は柄杓の馘を落し、柄に蓋置を掛けて運び出すという変わった建水です。これは、長建水や細建水というとおり、竪に細長い建水ですので、底に蓋置を据えることができないため、このようにするのです。
 柄に掛ける蓋置は吹貫という輪蓋置でも背の低めの蓋置や、竹の無節、駅鈴を用います。

 槍鞘は端午の節句に駅鈴と共に用いられることが多く、武家茶などでも好まれています。槍鞘は槍=武具に、駅鈴は馬に因んだ道具ですので、このような道具組にいたします。兜香合なども本来は塗の時期であるのに、陶製香合を飾ったりします。兜香合には塗りもあり、本来はそちらを用いるべきですが、陶製香合で代えることが多いです(ウチにも陶製の兜香合があります)。

 こうしてくると、釜には富士釜がよさそうで、そうなると透木がいいかな?なんて慾がでます(笑)

 七種建水には、あと「大脇差(おおわきざし)」「差替(さしかえ)」「餌畚(えふご)」があります。

 大脇差は黄瀬戸の一重口が本歌で、高さ四寸(約12cm)、径四寸七分(約14cm)、厚三寸(約9cm)とかなり大振りです。千利休から芝山監物へ送られ、のち少庵に戻り、宗旦が「利休大脇指」と箱書付し、江岑宗左の時、紀州徳川家に献上され 後に了々斎が極書をしています。 皆具などはこの大脇差の写しが多くみられます。
 月桑庵にある道具では、唐銅擂座皆具(角田秀峰作)と志野織部(野中春清作)になります。

 差替は楽焼で一重口の筒形で捻貫になっているものが本歌で、大脇差と同形で小振りのものです。本歌は 長次郎作といわれ、底裏に宗旦の直書、内箱に直斎の「利休さし替水こほし長次郎造」の書付、外箱に碌々斎の書付があります。一重口の小振りのものはほとんどがこれです。

 餌畚は最も一般的な建水で、袋形で上部が開いた形の建水です。餌畚とは鷹匠が持ち歩く餌袋のことで、この餌畚に似た形をしているところからこの名があります。 近年変わったところでは、口造りが袋により似せて砂金袋のように波打っているものなども見掛けます。陶製建水はこの形が最も多く、さまざまな焼のものがあり、これに凝れるかどうかが茶人としてのポイントになっていたりもします。
 月桑庵にある道具では、織部(陶山造)、仁清写七宝(昌山造)、赤膚山焼締内白釉(古瀬堯三作)、高取(笹山登古作)、青瓷牡丹文(井上規作)、絵唐津(古川華山造)があります。

 このほかには、「鉄鉢(てっぱつ)」「面桶(めんつう)」「菊割(きくわり)」「四方」があります。

 鉄鉢は、托鉢に用いる道具で、これに似ていることからの名前です。口辺が垂直あるいはやや内側に締まって抱え口となり、底には高台がなくて丸くなった形をしています。

 面桶は、曲建水(まげけんすい)のことで、武野紹鴎がはじめて茶席に持ち込んだとも、紹鴎が巡礼の持っていた飯入から思付いて水屋用としたのを、利休が茶室の中で使用したのがはじまりともいわれる建水です。内朱や春慶塗があり、釣瓶水指に合わせて用いたり、曲水指に用いたり、草の点前にはよく用いられます。
 月桑庵には、高木誠明氏の杉曲建水があります。

 菊割は、底部が窄まって菊の花弁のように割筋がついていることからの名で、毛織(モール)製がほとんどです。こちらは裏千家鵬雲斎好のものです。

 四方は、正方形をした建水で、煎茶用の建水によくみられる形ですが、茶道用の建水にも見かけます。四方水指に添えるには、丸形の建水よりも相応しいとみる向きもあり、幾つか見掛けたことがあります。

 建水は点前道具の中では最も格の低い道具で、唐銅餌畚があれば大概済んでしまうため、あまり数を持っている方はいませんが、地味でありながらもとても大事な道具の一つです。是非、凝ってみてほしいところです^^(私は凝りすぎといわれますがwww)