先日一覧表にコメントをいただいたのですが、どうにもすっきりしない。
 それは茶の湯と茶道の違いをご理解いただけなかったのではないか?という私の中のシコリになっていました。

 どうしたら、いいのか?とずーっと考えていたのですが、ここで改めて、茶の湯と茶道の違いを私なりの解釈で書いておくべきだと思い至りました。


「茶道」と「茶の湯」の違い

 茶道というのは、茶の湯をするための「道」つまり、茶の湯をする人=茶人になるための修行です。ですから、師匠につき、規矩をまなび、道具をあつめます。では、茶の湯というのは、茶人しかできないのか?といえば、それは違います。近代数奇者は必ずしも茶人であった訳ではありませんし、大名とて同じです。

 茶の湯とは茶道をしなければできないものではないということです。
 ただし、茶道を学ばなければ、その茶の湯はパフォーマンスにすぎないというだけのことです。和歌の師匠について学ばなければ、歌は詠めないのでしょうか?
 歌道を修めている人以外詠めないということはありません。もちろん、上手下手というのはありますが、歌道を修めていなくても詠むことは誰にでもできます。花も同じですね。華道を修めていなくても、生けることはできます。

 茶の湯となるとどうしてか茶道を修めなければだめ!みたいな風潮がそのように感じさせないということなのでしょう。

 私は、茶の湯は茶の湯として愉しめばいいと思っています。
 そういう方には茶道具は通り一遍の一揃えでよいのです。
 しかし、私は茶道を学ぶ身ですし、人に教えようという人ですから、そうはいきません。教えるためにはさまざまな道具が要ります。他流の道具だから知りませんではすみません(これは師匠がそういう方だったからですが)。

 ですから、多くの道具が要ります。
 それだけです。


茶の湯を愉しもう

 私は、誰しも茶道をしなければいけないとは思っていません。
 茶道は長く険しい道であり、そんなのいやだよ!という人も多いだろうと思っています。そういう人たちのために「お茶が喫(の)めればいいじゃない」という「お茶会へ行こう」という喫茶教室を開きました。

 茶の湯をもっと身近なものに!というのが「もっと気軽に、ちょっと気楽に」の主旨な訳です。ですから、みなさんには、気軽にお抹茶を飲みに来てね!と思っています。もちろん、いただくための作法はお教えしますが(笑)

 茶の湯は愉しく、茶道は厳しく。
 日本独自の伝統文化である茶の湯・茶道をずっと繋いでいきたいものですね。