いろいろなところで値段を調べていて「あれ?」と思うことがありました。
それは「四椀(よつわん)」のことです。
これは「四つ椀」とも書きます。
四椀は、両椀(飯椀・汁椀)と平椀(煮物椀)・壺椀(和え物椀)のことで、現在、壺椀を使わない懐石が多く催されています。この内、両椀は小丸椀と呼ばれる形をしたものが使われることが多く、これは飯椀の身と汁椀の身を重ね、その上に飯椀の蓋と汁椀の蓋という風に重ねることができるようになっています。これを「四重椀」と呼びます。これが混同されたのか、両椀のことを「四つ椀」と書く道具屋が多くありますが、四つないのに四椀とは言わないですね(苦笑)
鷲棗の時にも思いましたが、茶道具屋の知らなさは「茶道をやっていない」ことによることが多く、骨董商でも同じことが言えます。つまり「茶道をやっていない道具屋のいうことは信用できない」ということでもあります。もちろん知識の広い方もいらっしゃるでしょうが、茶道をやらずに茶道具のことを詳しく知るというのは非常に難しいものがあります。
ましてや懐石道具ともなると……。
さて。
懐石道具は懐石家具と懐石器物、酒器、箸からなります。
懐石家具は饗応にだされる個々の椀や折敷などの漆器で、懐石器物は鉢や向付などのこと、酒器は銚子や燗子・酒盃のことです。
懐石家具
・四椀(飯椀・汁椀・平椀・壺椀)
・折敷
・吸物椀(箸洗)
・八寸
・飯器
・湯桶
・通盆
・脇引
懐石器物
・向付
・焼物鉢
・預鉢
・強肴
・香物鉢
酒器
・銚子
・引盃
・盃台
・徳利
・石盃(ぐい呑み)
・盃洗
箸
・食箸(利休箸)
・菜箸(青竹箸・白竹箸・杉箸・煤竹箸・黒文字・杉楊枝)
・黒文字
これを全部そろえるのもなかなか大変なことですが、取り合わせなどの規矩を考え合わせると、やはり基本を一度習得してから変えていくことが大事ですね。代替品でどうにかする……というのはしがちなことではありますが、借り物でもよいからまずは習ったものでやってみることが大事かと思います。
これは私の考え方であり、他人に押し付けるものではないと思っていますが、稽古事は「守破離」であるべきだと思っています。「型を崩す」と武道で教えますが、型を崩せるのは窮めてからであるということを忘れてはいけないのではないでしょうか。つまり、型を習得していない=規矩を身に着けていないのに崩すというのは、実は崩しているのではなく、型を無視しているということになります。
私が代替品を嫌うのはこうしたところにあります。型を身に着けるためには、代替品ではなく、安物で形だけでいいからそれが必要なのだということです。
まずは基本の小丸椀の四椀から揃えて、吉野椀などに手を広げていきたいですね^^
それは「四椀(よつわん)」のことです。
これは「四つ椀」とも書きます。
四椀は、両椀(飯椀・汁椀)と平椀(煮物椀)・壺椀(和え物椀)のことで、現在、壺椀を使わない懐石が多く催されています。この内、両椀は小丸椀と呼ばれる形をしたものが使われることが多く、これは飯椀の身と汁椀の身を重ね、その上に飯椀の蓋と汁椀の蓋という風に重ねることができるようになっています。これを「四重椀」と呼びます。これが混同されたのか、両椀のことを「四つ椀」と書く道具屋が多くありますが、四つないのに四椀とは言わないですね(苦笑)
鷲棗の時にも思いましたが、茶道具屋の知らなさは「茶道をやっていない」ことによることが多く、骨董商でも同じことが言えます。つまり「茶道をやっていない道具屋のいうことは信用できない」ということでもあります。もちろん知識の広い方もいらっしゃるでしょうが、茶道をやらずに茶道具のことを詳しく知るというのは非常に難しいものがあります。
ましてや懐石道具ともなると……。
さて。
懐石道具は懐石家具と懐石器物、酒器、箸からなります。
懐石家具は饗応にだされる個々の椀や折敷などの漆器で、懐石器物は鉢や向付などのこと、酒器は銚子や燗子・酒盃のことです。
懐石家具
・四椀(飯椀・汁椀・平椀・壺椀)
・折敷
・吸物椀(箸洗)
・八寸
・飯器
・湯桶
・通盆
・脇引
懐石器物
・向付
・焼物鉢
・預鉢
・強肴
・香物鉢
酒器
・銚子
・引盃
・盃台
・徳利
・石盃(ぐい呑み)
・盃洗
箸
・食箸(利休箸)
・菜箸(青竹箸・白竹箸・杉箸・煤竹箸・黒文字・杉楊枝)
・黒文字
これを全部そろえるのもなかなか大変なことですが、取り合わせなどの規矩を考え合わせると、やはり基本を一度習得してから変えていくことが大事ですね。代替品でどうにかする……というのはしがちなことではありますが、借り物でもよいからまずは習ったものでやってみることが大事かと思います。
これは私の考え方であり、他人に押し付けるものではないと思っていますが、稽古事は「守破離」であるべきだと思っています。「型を崩す」と武道で教えますが、型を崩せるのは窮めてからであるということを忘れてはいけないのではないでしょうか。つまり、型を習得していない=規矩を身に着けていないのに崩すというのは、実は崩しているのではなく、型を無視しているということになります。
私が代替品を嫌うのはこうしたところにあります。型を身に着けるためには、代替品ではなく、安物で形だけでいいからそれが必要なのだということです。
まずは基本の小丸椀の四椀から揃えて、吉野椀などに手を広げていきたいですね^^