霜降を過ぎて、めっきり朝夕の冷え込みが冬の気配を感じさせる季節になりました。

 二十四節気推進派(復古派?)な私はようやく衣更えをいたしました(^_-)-☆

 出しましたのは袷の大島。横縞柄の経緯物で、緯双(よこそ)ではないんですけど(笑)

 土曜日の稽古は久々の炉ということで、運び薄茶。

 最初に大体の畳の位置を坐って確認。畳目を数えて見定めた位置があっているか確認します。

 師匠の御宅は江戸間なので、自宅とは勝手が違う。水指を畳の中央に置いても、炉の対角線の延長線上に来ないのですよね。

 最近はこういう細かいことが気になるようになりましたね。

 水指はこういう時こそ焼締の大振り水指がいいという話をしながら、稽古終了。

 二手も間違えませんでしたし、戸惑いもなく、道具や配置によって手が自然と動くようになってきたのだなぁ…と(笑)

 そろそろ大振りの水指を買いたいと思ってはいるのですが、なかなかねぇσ(^_^;)

 焼締は大振り、小振りと持っていないと、冬の水指飾りと丸卓の濡らしに困るので、持っていたいところです。

 日曜日は連れと墨東清友館ーー菊池商店さんへ。

 癖直しを幾つか欲しいと思ったのと、釜据が欲しかったので(^_^)

 呉服屋とのコラボ売り出しをされていて、呈茶があるとのことで、足を運びました♪( ´▽`)

 Twitterで拝見していたお道具でしたが、いやいや、いいですねぇ。

 青漆好きの私にとってあの独楽といいつつ青漆爪紅縁黄千筋吹雪とでもいうべき吹雪は目から鱗のお道具でした。

 アレは欲しい(笑)

 幾つかこれは!というものがありましたが、お値段もこれは!というお値段で(笑)

 白丹波耳付水指が名残の水指飾りに良さそうだなぁ~と。

 宗春先生の呈茶で感じたのは、平点前や運び点前ほど、道具の質が問われるということ。

 簡略化されてれればされるほど、道具一つ一つに求められる存在感が大きいということです。

 物と物を繋いで物語る茶道において、雑器としても語る何かしらはエピソードを持っているべきなのだなぁ…と。

 その後は連れと浅草散策。
 連れと歩いていたからか、珍しく外人に取り囲まれませんでしたが、浅草ってこんなに外人多かったっけ?(汗)

 日本語がほとんど聞こえてきません。人形焼の若旦那が流暢な英語で接客してるし(汗)

 浅草も変わりましたね(笑)