今度は新字体がもたらした日本語の混乱というものに焦点を当ててみましょう。
新字体が制定されたことで、実は既存の文字とぶつかってしまったものがあります。
これを衝突文字とか、既存文字との衝突と言います。
新字体による既存の字との衝突の例は以下の通りです。
【芸】藝・芸
「藝」は新字体において「芸」になったが、もともと、「芸」(ウン)という漢字があったため、意味も音も異なる2つの字の形が一致してしまった。多くの場合、一致してしまう既存の漢字はほとんど使われない死字であり支障はない。しかし、芸の場合、奈良時代末期に石上宅嗣が設けた公開図書館の芸亭(うんてい)がある。日本史や図書館学の教科書などでは芸亭の芸のくさかんむり「艹」を4 画のくさかんむり「艹 (+ +)」にして区別をすることが多い。ただし、本来、「芸」(ゲイ)と「芸」(ウン)の字体は全く同じである。なお、芸(ウン)は「書物の防虫に使用される薬草」を意味し、転じて中国では「文学、教養」を想起させる文字として人名などに使われる。簡体字では上述した音符の交換により、北京語で「藝」と同音の「乙」を使って「艺」と略す。
【予・余】豫と予・餘と余
「豫定」、「豫告」の「豫(あらかじめ)」は「予」と略され、「餘剰」、「餘分」の「餘(あまり)」は「余」と略された。しかし、「予」、「余」はどちらも「わたし」という一人称 *yu を表す文字である。
【虫】蟲と虫
本来、「虫」(キ)は爬虫類を、「蟲」(チュウ)は昆虫などの小さな虫を表す別の字であった。「蟲」を「虫」と略したため、虫の字は本来の意味と蟲の字の意味の両方を持っていることになる。
【豊】豐と豊
「豐」は「ゆたか」という意味であり、音は「ホウ」。「丰」が音符となっている形声文字である(支那では「丰」が「豐」の簡体字になっている)。「豊」は「れいぎ」という意味で音は「レイ」。「礼」の旧字体「禮」の旁になっている。
「豐」が「豊」に変更されたため両者が衝突することになり、音が「レイ」かでそうでないかで区別する(後述する「體」も「タイ」の音は「豊」にちなむ転音である)。が、「豊」は単独の漢字で使用されることがほとんどないので問題はほとんど起こっていない。なお、「艶」の旧字体の偏は「豐」で音は「エン」であるが、「艶」は純粋な会意文字なので、「エン」の音は「豐」にちなんでいない。
【欠】缺と欠
「缺乏」の「缺(ケツ)」は「欠」となったが、「欠」は「ケン」と読み、「あくび」の意味がある。なお、「欠」の字にももともと「かける」の字義がある。「欠缺(ケンケツ)」という法律用語は2 字目の「缺」を新字体にしてしまうと「欠欠」となってしまう。また、当用漢字では「ケン」の音読みは採用されなかったため、厳密に当用漢字に従うと交ぜ書きで「けん欠」となってしまう。このため、法律用語では現在でも例外的に旧字体を使用して「欠缺」と書かれる。本文に新字体を採用している『広辞苑』、『大辞林』などの国語辞典でも、この語に限っては表記欄に「欠缺」の表記を採用している。
【缶】罐と缶
「缶」(フ)は「素焼きのかめ」を表す字で、「罐」(カン)が旁に「歡」(新字体は「歓」)の偏と同じ音符を持つ形声文字で、英語・can の音訳で「金属製の缶」を表す字であった。常用漢字に「缶」が追加されたときには、既に「缶」は本来の意味を失って「罐」の略字として用いられていたため、「缶」が採用されて「罐」が旧字体となった。ほかの旧字体に比べて比較的遅くまで「罐」が正式だったため、「ドラム缶工業会」が1987 年まで「ドラム罐工業会」の表記を採用していたほか、「やかん」は「薬缶」ではなく「薬罐」という表記でないと味気がないと考える人がいたりする。また、社名に「罐」のつく企業は東洋製罐、北海製罐、日本製罐ほか多数存在し、その多くが製缶業者である。
茶道では缶よりも罐を用いる方が多いですね。
【体】體と体
「體」は骨偏に属し、音は「タイ」、「肉体、からだ」を意味している。一方、「体」は人偏を部首とし、音は「ホン」、「あらい、そまつな」という意味を持っている。つまり、もともとは「體」と「体」は全くの別字であった。だが、「体」が「體」の略字として古くから混用されていたため新字体に採用され、中国でも簡体字に入れられている。ちなみに、「体」を本来の音である「ホン」と読む熟語には「体夫」がある。これは「ホンプ」と読み、棺を担ぐ人足を意味している。
【旧】旧と臼と舊
現在、「旧」は「舊」(意味は「ふるい」)の新字体として用いられている。しかし、かつては、「旧」は「臼」(意味は「うすという道具」)の異体字であった。つまり、「臼」の異体字が別字の「舊」の新字体として用いられているのである。これは「舊」の音符に「臼」が用いられていることからきている(音はともに「キュウ」)。「旧」は「臼」の異体字であったが、時代が下るにつれ「舊」の略字として混用されるようになっていった。また、「稻」を「稲」、「兒」を「児」と書くように、「臼」の部分を「旧」に置き換えた漢字も多くみられるようになった。つまり、「旧」は、音は同じだが意味のまったく異なる2 つの漢字の略字に用いられるようになっていったのである。結果、新字体採用
に当たって「旧」を「舊」の新字体とすると同時に、字のなかの「臼」の部分を「旧」に置き換えた漢字もいくつか新字体に採用された(例字として「稲」「児」)。なお、中国では「旧」を「舊」の簡体字としているが、「旧」は「臼」の簡体字にはなっておらず、「臼」を略した簡体字は存在しない。大抵は「稻」のようにそのまま繁体字で用いられるが、「兒」を「儿」と略すように、日本の新字体と異なる簡体字になって用いられている漢字もある。
【亘】亙と亘
「亙」はコウ、わたる、「亘」はセン、のべるの音義をもっている。しかし、楷書では昔から「亙」を書きやすい「亘」に書いてきたため、両者は、現在、同一字種とされている。なお、この字種は常用漢字ではない。
【弁】 弁と辨と瓣と辯と辮
「弁」は「かんむり」という意味であり、音は「ベン」。弁行・弁色・弁髦・皮弁・武弁など。「辨」は「ただしさを基準に分ける」という意味であり、音は「ベン」「ヘン」で、本字は「辧」。辨官・辨当・辨務官・辨財天(辨天とも。天竺の女神)・辨慶など。「辯」は「自分が訴えたいことを後述する」という意味であり、音は「ベン」「ヘン」。辯解・辯護・辯士・辯論・詭辯・辯才天(辯天とも。七福神の一人)など。「瓣」は「はなびら」の意味。音は「ベン」「ハン」。花瓣・瓣膜・安全瓣・仕切瓣など。「辮」は満洲族清朝の髪型でを「弁」とするのは代替字。
【灯】 燈と灯
「燈」は「ともし火」の意味で、音は「トウ」「トン(ドン)」「あかり」。旁の「登(トウ)」を用いた会意形成文字。電燈・燈台・行燈・燈籠など。「灯」は「はげしい火」の意味で、音は「チン」「ひ」。提灯など。元々、燈の代替字として灯が用いられていたために、1981 年の常用漢字が告知された際に燈を旧字体、灯を新字体として同一の漢字としたが、本来は別の漢字である。
【糸】絲と糸
「糸」(ベキ)は細い糸を表し「絲」(シ)が糸全般を表す別の字であったが、「絲」を「糸」と略したため「糸」が糸全般を表すようになった。ただし、中国大陸の簡体字では「絲」は「丝」であり「糸」でないため、中華料理の青椒肉絲は日本でも「絲」のままで書かれることが多い。
【浜】濱と浜
「濱」は「みずぎわ」の意味で、音は「ヒン」「はま」。旁は「賓」で形声会意文字。原字は「瀕」。「浜」は「船を泊めておくための溝」の意味で、音は「ホウ」。旁は「兵」で会意文字。全く別の意味の漢字である。
どうです?これはいかんなぁ~と思うことが私としては結構あります。
次回は「部首が変わってしまって原義がみえなくなった新字体」をお送りします。
新字体が制定されたことで、実は既存の文字とぶつかってしまったものがあります。
これを衝突文字とか、既存文字との衝突と言います。
新字体による既存の字との衝突の例は以下の通りです。
【芸】藝・芸
「藝」は新字体において「芸」になったが、もともと、「芸」(ウン)という漢字があったため、意味も音も異なる2つの字の形が一致してしまった。多くの場合、一致してしまう既存の漢字はほとんど使われない死字であり支障はない。しかし、芸の場合、奈良時代末期に石上宅嗣が設けた公開図書館の芸亭(うんてい)がある。日本史や図書館学の教科書などでは芸亭の芸のくさかんむり「艹」を4 画のくさかんむり「艹 (+ +)」にして区別をすることが多い。ただし、本来、「芸」(ゲイ)と「芸」(ウン)の字体は全く同じである。なお、芸(ウン)は「書物の防虫に使用される薬草」を意味し、転じて中国では「文学、教養」を想起させる文字として人名などに使われる。簡体字では上述した音符の交換により、北京語で「藝」と同音の「乙」を使って「艺」と略す。
【予・余】豫と予・餘と余
「豫定」、「豫告」の「豫(あらかじめ)」は「予」と略され、「餘剰」、「餘分」の「餘(あまり)」は「余」と略された。しかし、「予」、「余」はどちらも「わたし」という一人称 *yu を表す文字である。
【虫】蟲と虫
本来、「虫」(キ)は爬虫類を、「蟲」(チュウ)は昆虫などの小さな虫を表す別の字であった。「蟲」を「虫」と略したため、虫の字は本来の意味と蟲の字の意味の両方を持っていることになる。
【豊】豐と豊
「豐」は「ゆたか」という意味であり、音は「ホウ」。「丰」が音符となっている形声文字である(支那では「丰」が「豐」の簡体字になっている)。「豊」は「れいぎ」という意味で音は「レイ」。「礼」の旧字体「禮」の旁になっている。
「豐」が「豊」に変更されたため両者が衝突することになり、音が「レイ」かでそうでないかで区別する(後述する「體」も「タイ」の音は「豊」にちなむ転音である)。が、「豊」は単独の漢字で使用されることがほとんどないので問題はほとんど起こっていない。なお、「艶」の旧字体の偏は「豐」で音は「エン」であるが、「艶」は純粋な会意文字なので、「エン」の音は「豐」にちなんでいない。
【欠】缺と欠
「缺乏」の「缺(ケツ)」は「欠」となったが、「欠」は「ケン」と読み、「あくび」の意味がある。なお、「欠」の字にももともと「かける」の字義がある。「欠缺(ケンケツ)」という法律用語は2 字目の「缺」を新字体にしてしまうと「欠欠」となってしまう。また、当用漢字では「ケン」の音読みは採用されなかったため、厳密に当用漢字に従うと交ぜ書きで「けん欠」となってしまう。このため、法律用語では現在でも例外的に旧字体を使用して「欠缺」と書かれる。本文に新字体を採用している『広辞苑』、『大辞林』などの国語辞典でも、この語に限っては表記欄に「欠缺」の表記を採用している。
【缶】罐と缶
「缶」(フ)は「素焼きのかめ」を表す字で、「罐」(カン)が旁に「歡」(新字体は「歓」)の偏と同じ音符を持つ形声文字で、英語・can の音訳で「金属製の缶」を表す字であった。常用漢字に「缶」が追加されたときには、既に「缶」は本来の意味を失って「罐」の略字として用いられていたため、「缶」が採用されて「罐」が旧字体となった。ほかの旧字体に比べて比較的遅くまで「罐」が正式だったため、「ドラム缶工業会」が1987 年まで「ドラム罐工業会」の表記を採用していたほか、「やかん」は「薬缶」ではなく「薬罐」という表記でないと味気がないと考える人がいたりする。また、社名に「罐」のつく企業は東洋製罐、北海製罐、日本製罐ほか多数存在し、その多くが製缶業者である。
茶道では缶よりも罐を用いる方が多いですね。
【体】體と体
「體」は骨偏に属し、音は「タイ」、「肉体、からだ」を意味している。一方、「体」は人偏を部首とし、音は「ホン」、「あらい、そまつな」という意味を持っている。つまり、もともとは「體」と「体」は全くの別字であった。だが、「体」が「體」の略字として古くから混用されていたため新字体に採用され、中国でも簡体字に入れられている。ちなみに、「体」を本来の音である「ホン」と読む熟語には「体夫」がある。これは「ホンプ」と読み、棺を担ぐ人足を意味している。
【旧】旧と臼と舊
現在、「旧」は「舊」(意味は「ふるい」)の新字体として用いられている。しかし、かつては、「旧」は「臼」(意味は「うすという道具」)の異体字であった。つまり、「臼」の異体字が別字の「舊」の新字体として用いられているのである。これは「舊」の音符に「臼」が用いられていることからきている(音はともに「キュウ」)。「旧」は「臼」の異体字であったが、時代が下るにつれ「舊」の略字として混用されるようになっていった。また、「稻」を「稲」、「兒」を「児」と書くように、「臼」の部分を「旧」に置き換えた漢字も多くみられるようになった。つまり、「旧」は、音は同じだが意味のまったく異なる2 つの漢字の略字に用いられるようになっていったのである。結果、新字体採用
に当たって「旧」を「舊」の新字体とすると同時に、字のなかの「臼」の部分を「旧」に置き換えた漢字もいくつか新字体に採用された(例字として「稲」「児」)。なお、中国では「旧」を「舊」の簡体字としているが、「旧」は「臼」の簡体字にはなっておらず、「臼」を略した簡体字は存在しない。大抵は「稻」のようにそのまま繁体字で用いられるが、「兒」を「儿」と略すように、日本の新字体と異なる簡体字になって用いられている漢字もある。
【亘】亙と亘
「亙」はコウ、わたる、「亘」はセン、のべるの音義をもっている。しかし、楷書では昔から「亙」を書きやすい「亘」に書いてきたため、両者は、現在、同一字種とされている。なお、この字種は常用漢字ではない。
【弁】 弁と辨と瓣と辯と辮
「弁」は「かんむり」という意味であり、音は「ベン」。弁行・弁色・弁髦・皮弁・武弁など。「辨」は「ただしさを基準に分ける」という意味であり、音は「ベン」「ヘン」で、本字は「辧」。辨官・辨当・辨務官・辨財天(辨天とも。天竺の女神)・辨慶など。「辯」は「自分が訴えたいことを後述する」という意味であり、音は「ベン」「ヘン」。辯解・辯護・辯士・辯論・詭辯・辯才天(辯天とも。七福神の一人)など。「瓣」は「はなびら」の意味。音は「ベン」「ハン」。花瓣・瓣膜・安全瓣・仕切瓣など。「辮」は満洲族清朝の髪型でを「弁」とするのは代替字。
【灯】 燈と灯
「燈」は「ともし火」の意味で、音は「トウ」「トン(ドン)」「あかり」。旁の「登(トウ)」を用いた会意形成文字。電燈・燈台・行燈・燈籠など。「灯」は「はげしい火」の意味で、音は「チン」「ひ」。提灯など。元々、燈の代替字として灯が用いられていたために、1981 年の常用漢字が告知された際に燈を旧字体、灯を新字体として同一の漢字としたが、本来は別の漢字である。
【糸】絲と糸
「糸」(ベキ)は細い糸を表し「絲」(シ)が糸全般を表す別の字であったが、「絲」を「糸」と略したため「糸」が糸全般を表すようになった。ただし、中国大陸の簡体字では「絲」は「丝」であり「糸」でないため、中華料理の青椒肉絲は日本でも「絲」のままで書かれることが多い。
【浜】濱と浜
「濱」は「みずぎわ」の意味で、音は「ヒン」「はま」。旁は「賓」で形声会意文字。原字は「瀕」。「浜」は「船を泊めておくための溝」の意味で、音は「ホウ」。旁は「兵」で会意文字。全く別の意味の漢字である。
どうです?これはいかんなぁ~と思うことが私としては結構あります。
次回は「部首が変わってしまって原義がみえなくなった新字体」をお送りします。