私は師匠から「お稽古は本物でおやんなさい」と習いました。

 この本物とは、本歌ではなく、形や寸法のことです。

 つまり、水屋道具に至るまで、代用品でするな!という教えです。

 茶道における奥義の一つは見立てなのですが、稽古は見立て道具ではいけないということの意味は、崩れです。

 寸法、形というものに慣れていなければ、型が崩れます。故に表千家のご宗家は点前畳だけでも本間にしましょうというお話をされておいでです。

 茶道具というものは、本間を基準に道具の配置が決まっています。

 目をつむっても平点前が出来るようにならないと!とは家元のお言葉ですが、それほど、稽古を積むには、形と寸法が身に付いていなければなりません。

 それが、「本物でおやんなさい」の意味であり、本歌であれということではないのです。

 人はすぐ代用品でやりたがります。
 しかし、茶道は水屋道具にいたるまで合理の塊であり、その寸法の意味や形の意味を理解出来なくて、どうやって見立てるのでしょう。

 そのために写しというものが存在します。写しは稽古をするための本物なのです。

 偽物とは寸法が守られていないものであり、贋作のことではないのです。



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