これは長らくの疑問でありました。
 風炉の時期は香木であるため、塗物(または木製)香合が基本となります。しかし、端午の節句に使われる香合は兜香合なのですが、世の中に出回っている兜香合は、焼物香合が多いのです。

 調べてみると……

香合(こうごう)

風炉や炉の中で焚く「香」を入れる「盒子」(小さな蓋付の器)。炭手前のときに普通は、炭斗(すみとり)に入れて席中に持ち出し、炭をついだ後、火箸で香合より香を取り、下火の近くと、胴炭のあたりに入れる。炭点前がない場合は、床の間に紙釜敷(和紙を重ねて四つ折にしたもの)に載せて飾る。風炉には木地、塗物等の香合を使い、伽羅(きゃら)、沈香(じんこう)、白檀(びゃくだん)などの香木を使う。炉には普通は陶磁器のものを使い、練香(ねりこう;香木の粉と蜂蜜などを練り上げた物)を使う。このような香合の使い分けは、茶会記を見る限り江戸時代中期、享保年間の頃からこのような傾向があるという。

古くは、「室礼(しつらい)」(座敷荘り)に香炉に付属して置かれ、大半は唐物の塗物であった。草庵の茶室でも香炉と一対で席中に持ち出し飾られたが、茶会記への初出は『松屋会記』天文11年(1542)4月8日に「床に香炉、立布袋香合」とあるもので、炭道具として独立したかたちでの香合は、『宗湛日記』文禄2年(1593)正月19日に「スミトリ ヘウタン ツイ朱ノ香合 ホリモノアリ スミノ上ニオキテ」とあり、文禄年間(1573~1595)以降に炭手前が定着してからとされ、慶長年間に入ると『宗湛日記』慶長4年(1599)2月28日に「香合 今ヤキ」、『松屋会記』慶長6年(1601)11月20日に「炭斗フクヘ、桑箸、香合備前、御炭両度アリ」とあり、和物の焼物香合が登場する。

炉の炭手前で灰器に濡灰を盛って使うようになると練香が使われるようになり、練香を塗物香合に入れると毀損の恐れがあるところから焼物香合が用いられ、『茶道筌蹄』に「黄瀬戸 根太、利休所持、一翁宗守伝来、今出羽侯にあり」とあり、天正年間から黄瀬戸が使用され、志野、織部は慶長・元和の頃、同じ頃に次第に備前、信楽、伊賀、唐津などが焼かれるようになる。

唐物の焼物は茶会記への初出は和物の焼物より遅く寛永年間で、もとは日用雑器から取り上げたものが多く、『茶道筌蹄』に「香合は道具中にも至て軽き物ゆへ、利休百会にも香合の書付なし、夫故に名物も少なし、名物は堆朱青貝に限る」とあるように、古い時代ではそれほど重く扱われていないが、江戸時代後期、文化・文政年間になるころ、蓋置などとともに小物に趣向を凝らす事が盛んになり、唐物を中心に陶磁香合が重く扱われるようになり、安政2年(1855)に交趾・染付・呉州・青磁・祥瑞・宋胡録などの唐物香合を主に215種で編集した『形物香合相撲番付』が制作され、後世の評価にも影響している。
(引用■茶道|茶の湯の楽しみ|茶道用語 http://www17.ocn.ne.jp/~verdure/yogo/yogo_ko.html)

 となっています。
 つまり、練香を使うようになったから陶製香合を使うようになったのであって、本来は「香木」が一年を通して使われていたということですね。炭点前(一般には炭手前)が確立し、濡灰を使うようになったことから、練香を使うようになり、徐々にさまざまな今焼が使われるようになった……ということのようです。

 兜香合が陶製であるのは

①安価で大量生産ができる「型物」である
②木製・塗物では高額になりすぎる

 ということがあるようです。

 しかし、風炉には香木ですので、本来であれば陶製香合は使いません。風炉に香木というのは、夏は炭の匂いが立つため、爽やかな香木の薫によって、場を清める意味があり、冬は炭の匂いが立たない(炉は床下に切られているため)、柔らかな練香の香によって場を温める意味があります。香木は基本的に白檀を使います。伽羅、沈香を用いる場合もありますが、油分が多い沈香は釜を痛めやすい(特に時代物の釜の場合は使わない。現代の釜は洋鉄でつくられたものが多いので、気にしない場合もある)ので避けます。
 練香も油分の多いものは避けるべきです。


 で、いろいろ調べましたら……

http://taikando.shop-pro.jp/?pid=7436232

 こんなのが売ってます。
 ……ちょっと気軽に買えるお値段ではありませんね(汗)

 それと、これを調べているときに、ちょろっと発見したことがあります。
 それはそれとして、また別の記事にしますね^~^