現在、表千家でも裏千家でも、土風炉、その中でも眉風炉を真として扱います。

 ですが、これはいささか不自然です。
 茶道の歴史を紐解けば、「唐銅の鬼面風炉が真の真」であることは歴然としています。
 現在の千家流ではよほどのことがなければ使われない唐銅鬼面風炉ですが、これは「貴人を迎えるための最上の点前で使う」ためのものであるからです。

 したがって、武家茶ではこの鬼面風炉は必需品と言えます(とはいっても逆に使わせなかった流儀もあります)。
 また、貴紳の茶(近代数奇)においては、流儀の茶(家元の茶)とは違い、道具の組み合わせや取り合わせなども流儀の教え通りではなく「個人の好みで自由に使っていた」ため、格の高いとされる鬼面風炉が持て囃されたという一面があります。

 真行草とは、足利義政が行った書院茶の台子点前に始まった、飾り方です。
 これに合わせて道具も真行草に区分して、式法に対して解りやすく組み合わせられるようにしたものです。

 真行草の式法は、現在では十二段になり、真の真(献茶)から草の草(名残)までの式法が定められています。この十二段がすべての点前の基本となっており、道具の組み合わせと置き方の手本となりますが、現在伝承が家元のみとされ、稽古すらされていない状況であるとのことです。

 この十二段の一部は公開されており、乱飾り(行の行)、真台子(真の行)として伝授されています。また、ネットで一部拝見できるところでは、草の草(中置)などもあり、考察の参考になったりもします。

 このことから導き出される解としては「唐銅」が「真」、「黒陶」が「行」、「鉄(などの金属)」が「草」となります。

 例えば、唐銅の鬼面風炉が、「真の真」、唐銅の朝鮮風炉は「真の行」、唐銅の琉球風炉は「真の草」というように、材質と形状によって、道具の格が変化すると考えればどうでしょう。

 台子を遠ざけた利休の流れにおいて、鬼面風炉が真の真のままであると考えると問題が生じてくることと、江戸中期以降、それまでの土風炉に変わって、面取風炉などが「唐銅」や「鉄」で写され、出回るようになっていくことで、この道具の格に変化が生じたのではないか?と考えるに吝かではない訳です。

 現在、茶道といえば千家の茶が思い浮かべられる時代にあって、千家の茶も変化しているものであると研究するのは、白眼視される基にもなりかねませんが、私の性格からいってこういうことを調べることの方が嬉々としてしまうものなのです(笑)