お裏さんを習われているぁ~ちゃんとぁにさんのお招きで、お母様の宗晴先生のお茶事に招かれまして、ご相伴させていただきました♪( ´▽`)

茶筅供養、実は昔からの行事ではない…というのは、事前に調べて仕入れておいた豆知識。明治帝、昭和帝は茶席に招かれて大変ご興味を示されたことからブームになり、多くの茶道具が生産され、消耗品である茶筅を針供養のように供養するようになった…と言われています。

このため、流派によって供養自体の作法はまちまちで、宗派も違うためまた、正式がこう…という物ではなく、供養をすることが良いとするようです。
宗晴先生のお話では、炉でのみ供養される方や、一本だけ供養される方もいらっしゃるとか。
私が写真でみた供養は、穂先を下にして、立てて並べるものでした。

また、先人に献茶をするという点は利休忌と同じで、流祖や利休のお軸を掛けるようです。
宗晴先生は利休の掛軸をお床に荘られておられました。

都流は菩提寺が法華宗で、前回の献茶の際は遺影を使い、仏壇の本尊に献茶していましたので、千家に準じ、利休居士の掛軸になるかと思います。
鬼子母神に三世草榮先生の寄進碑があることからも不白流との関係性があるのではないか?と思うのですが、そらは今度家元先生にお尋ねしてみたいと思っております。

話を戻しまして、お茶事ですが、今回は茶筅供養ということで、精進落としの一の膳、お懐石の二の膳といただき、真のお茶事に準じる形式とのこと。
精進落としには朱塗り、お懐石には黒塗りをとのこと。

実は朱塗りは男性、黒塗りは女性というのが漆器の通年で、御喰初(おくいぞめ)なども、男の子には朱塗り膳、女の子には黒塗り膳が正しく、現代の感覚とは随分違っています。
また、朱塗りは魔除けの意味があり、鳥居や代理、都の建築物に使われたりしています。
そこからも、精進落としは朱塗りで行うものであり、懐石では黒塗りを使うことになったようです。

真の茶事では台子(御座は真の行台子)で大名物・名物茶道具を使うものですが、大名物や名物は個人で持つことはできませんので、見立で行います。

宗晴先生は茶筅供養ということで、竹に因んだお道具を使われておいででした。

一つとして同じお道具が出てこないので、本当に凄いなぁ…といつも感心してしまうのですが、私もいつかはあぁなりたいものです。

宗晴先生には及びませんが、現代作家のもので、手に入る中から、私の眼鏡にかなったものを御出しして、お客様をもてなしたい…と思う次第です。

御同席いただいた方には賑やかすぎる連客であったかとは思いますが、ご容赦いただきまして、待合に掛かったお軸のように愉しい「和」やかなひと時を過ごせたのではないか?と思います。

前回の男性陣が多いお茶事から打って変わって女性陣だらけのお茶事ではございましたが、席次を花月札で選ぶという趣向もなかなか面白いものでございました♪( ´▽`)

来年の一月が愉しみです。
他の用事と重ならないことを願います( ´ ▽ ` )ノ

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