刎頚之交
刎とは、はねること、
頚とは首、
すなわち刎頚とは首を刎(は)ねる事だ。
つまり「刎頚之交(ふんけいのまじわり)」とは、この人になら首を刎ねられてもなんら恨むところはない、と思える程深い友情をさす言葉だ。
過激な言葉だが、殺すか殺されるかが日常で身近だった中国戦国時代のニュアンスを良く表していると思う。
友情一つ語るのにも生き死にが関わってくるのだ。
卓抜した外交手腕を趙王に認められて大出世した藺相如という男の、その後の振る舞いが面白い。
出世を廉頗という重臣に妬まれるのだが、彼を徹底的に避けるという方法を取る。
「直接対決をすれば「倶(とも)には生きざらん」(両方が生き残るのは無理だ)、
どちらか片方でも倒れれば秦が攻めてくるだろう。
だから私は直接対決を避けているのだ。」
というのが、相如の理屈だ。
というか、避けている事が散々表沙汰になって、家来からも愛想を尽かされかけた頃になって、「所以(理由)」を話し出すのが、少し鼻に付く。
最初から、廉頗に面と向かって、「私はかくかくしかじかの理由からあなたと争いたくありません」と言っていても良かったのではないか。
そうしたら、廉頗も、茨の鞭を背負ったりしなくとも、相如と「刎頚の交わり」の仲になれたと思うのだが。
うーん、それともやはり雨降って地固まる効果は必要か。