My動画2「音楽のテンポ」と暮らしの相関性 Festiva i Colli | ヴァイオリン弾き 丹沢某の日々旬菜

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しがないヴァイオリン弾きの美味しい話、ハッピーな話、オモシロ音楽ネタと自身の公演情報のブログです。

持つべきものは???である。

人により???は違うでしょう。
ところで、以前の記事で以下のように私感を述べた。(しがない楽器弾きレヴェルの感じとして)

人間の表現力は8割が人柄、残り2割は技術。コレはIT化の波にのみ込まれる理屈かもしれない。話題が即ブレるのが私の悪癖。

80%の「人柄(個性)」は感受性、メンタリティ、生来のキャラ、あらゆる要素で象られるが、もう一つの重大な要素に先刻気が付いた。

それが「生活の中身」、特に生活速度が無意識に人格を、いや音楽を左右する様だ。

私の良い例があるので偶然残っている二つの動画を並べてみる。
①使用前
②使用後
バロックヴァイオリン 丹沢広樹
イタリアンヴァージナル 杉本周介

どちらも初期バロックの代表的な「野山は花の賑わい」=通称フェスティバのリハーサル音源。

演奏時間が②を100%とすると、①は74.5%

①は子育て開始前、②は乳幼児終了後

この結果を省みると、自分の所業ゆえ生活速度と音楽の無意識の相関性がよく現れている。というか、①はダメな演奏、音符を必死に弾いていて、美しい背景画像との落差に羞恥を覚える。②は私がフェスティバを弾くのに必要な時間を掛けているので、まだ聴くに堪える。

結果として子育て前は身軽ゆえ、実際に必要な3/4の時間しか掛けずに物事を捉えていたのだろう。

通奏低音(伴奏)を弾いている杉本周介氏はいつも八ヶ岳の麓で私を優しく迎えてくれる。そして必ず云う

「何泊でもしていって」

悔しいことに、周さんの方が遥かにバロック時代に近い時間軸を持っているのだ。
そんな彼も都会に出て来ると八ヶ岳との気圧差に頭痛を訴え始める。

静岡音楽館AOIにて     伊達男だ