とにかくこの世で一番美味いのは水やねん。
誰が何と言おうと僕はそう思うんやから仕方あらへん。
1990年(14歳)2回目の渡米時、とある平和活動家のキャピタル(国会議事堂)前でのハンストに参加するため、グラフトンの純さんに連れられてワシントンD・Cへ行った時の事。
ハンスト、ハンガーストライキ、断食による抗議活動。
そう、とどのつまり断食ですよ。
多分行く前に多少の説明があったはずやねんけど、基本人の話を聞いてない僕は訳のわからないままワシントン入りして、そのまま流されるように4日間の断食に突入、、、
それもアメリカの国会議事堂の正面階段に陣取って。
この時のことはまた改めて書くことにしませう。
14歳のスーパー育ち盛りが突然4日間の断食て、、、
断食中考えてたのは、これが終わったらあれが食べたいこれが食べたいどこそこの何が食べたいだの飲みたいだのとにかく食べ物のことだけ。
平和運動のことなんて微塵も考えられへんくて、ひたすら食べたい食べたい食べたい腹減った腹へったハ・ラ・ヘ・ッ・タ・・・・
ちなみにこの頃の僕の口癖は「しんどい、眠い、腹減った」プラス暑い寒い。
今の僕がこんなクソガキと関わったら速攻でブチギレてしばいてまいそう、、、
せやからあの頃の僕に関わってくれた大人たちは、ほんまによおできたお人達だったんやなぁ〜っと今更ながらに思うのであります。
閑話休題
そしてついに4日間の断食が終わり、ワシントンDCの日本山の道場にて断食明けの食事をするんやけど、そんとき口にしたほんまにたったグラス一杯のお水が、
涙が出るほどうまかった。
特別な名水や南どこぞの天然水やらではないただのグラスウォーター。
美しい味だなんて文字じゃあ表現できひん、ただただ「うまい」。
身体の隅から隅までどこに毛細血管が通ってるのかわかるんちゃかと思うぐらい、身体中に染み渡る感覚に衝撃を受けた。
この時は完全ドライの断食じゃなかったので、毎日口を濡らす程度の水分は補給してたにも関わらず、一気に飲み干すことを許されたコップ一杯の水の満足感たるや。
そして満たされて初めて知る有り難さ。
ありがとうの反対は当たり前、、、
蛇口をひねれば水が出て、スイッチ押せば電気が点いて、クーラーや暖房の効いた部屋で虫に刺されたり雨や夜露に濡れる心配なく眠れて、飢えることなくご飯が食べれる。
この世で当たり前なんて言えるのは死ぬ事と産まれる事、今思いつくんはこの2つだけ。(まだ他にもある?もしくはこれも当たり前ちゃう?)
それ以外のことはほぼほぼ全て、有る(在る)事が難しい、得難い、という意味での有り難い、読んで字の如く。
今ここにこうして立っている事自体が、天文学的数字になるであろう奇跡の繰り返し。
例えば、自転車で何気なく曲がった曲がり角、1秒(それ以下でも)早かったら飛び出してきた車に轢かれてかも、、もしくは人にぶつかって一生残るような後遺症はたまた死なせてしまい自分の人生棒に振ってたかも。
一瞬一瞬がそんなことの繰り返しで、ほんまたまたま、運良くここまで生かされて来ただけ。
っと、今日はここまで
前回の締めにまた明日って言っといて1週間以上立ってしまった、、、、
この話はまだ続きそう。