ここはすでにサウスダコタ。

 

1994年、夏

 

麦畑で顔面の形が変わるほど蚊に咬まれた次の夜、ちょっと連日の移動と野宿に少し疲れたので、もう俺が金出すからモーテルに泊まろうや、って大分ヘタレな提案をエイモンにした。

 

ほんでその辺の適当な宿を見つけ、確かHoliday inn 的な何処でも見かけるようなチェーンの宿へ。

でも俺ID持ってへんくてチェックイン出来ひんから、代わりにチェックインしてきてとエイモンにお願いして行ってもらい僕は外で待っていた。

 

ところが待てど暮らせどエイモンが出てこない。

 

ようやく30分ほどして出てきたと思ったら、部屋がないと断られたと。

更に、彼より後に入って来た予約もしてない白人はどんどん入って行ったとも。

 

確かに連日のヒッチハイクと野宿で決して綺麗な出で立ちではなかったかもしれないが(着替えなどはちゃんとしてたから臭いとかそういうのはなかった)、お金もIDもちゃんと持っているにも関わらずあからさまな人種の違いによる宿泊拒否、、、

 

そら〜もう二人でカンカンに腹立てたよ。

 

せやけど腹立てたとこでどうしようもない、でもやっぱりムカつくから今日はここで寝てやろう!って、そのモーテルだかホテルだかの駐車場の木の下で野宿した。

 

これより前にもいわゆる人種差別的なものは受けたこともあったが、インディアンの中であったり、それこそ世界中から集まってくる色々な人種の中で生きいていたこともあり、幸運にも『僕の』日常生活の中ではそれほどそういう事は無かった。

 
でもその『僕の』生きていた日常は世間一般からの非日常でありこういった所謂リアルな日常に放り出された時、改めてこの国で生きるマイノリティーの現実を垣間見た気がした。

 

っと同時にいくら長くアメリカに滞在して色んな経験をしたとしても、日本に帰ればそれなりに(いや相当な)豊かな環境と暮らしが用意されていた自分は、どこまで行っても外国人の長期滞在者でしかないのだという事を痛感した。

 

とは言え、日本山の平和行進中や、それこそこんなヒッチハイク中に、猛スピードで僕らの方に車で向かって来て道から飛び降りな危なかったなんて事や、車の中から中指立てられたり、「F**k you」なんて1回や2回では無かった。

 

嫌いな言い方やけど、普通の日本人の両親の元に、普通の日本人として生まれた僕は日本にいる限り、その気は無くとも(これが厄介)差別や迫害する側ではあったものの、差別や迫害される事がなかったのは事実。

 

そんな普通の日本人でも、世界が変わればあっという間に差別の対象、もしくは優れた人種ではないがためになんやったら殺してもいい対象になりうるのだという事を実感させられたティーネイジャーの終わりかけ。

 

この旅の直後、日本へ本格帰国する事になろうとはお釈迦様でも知らぬが仏、、、、

 

 

っと、今日はここまで