野垂れ死にたい。
これは20代後半ぐらいから今に至るまでの僕の死生観、ある意味での宗教観。
18から36歳まで大阪の大都会の真ん中で生きて来て思った事。
都会のシステムの中では知的生産も含めて、物理的な生産の行き着く先が消費と浪費と言う名の価値の死。
消費のみ
循環も還元もなし。
何の話??
地球の上で生を営む一生物としての話。
自然のサイクルの中で唯一(もちろん例外あり)、死して尚自然に還らないのが大多数の人間様たち。
これは僕の主観である事を先に言っとくけど、もちろん歴史的に疫病の蔓延などの衛生的な観点からの火葬はあっただろうが、今現在行われている火葬という行為は僕から見て、人間が死んでも尚人間で在ろうとしてるようにしか見えない。
(既に亡くなってしまった僕の友人知人など特定の人物を指してない事はご理解下さい。これはあくまで宗教やこの文明社会における行為や考え方についての僕の考えなので)
自然のサイクルにおいて死が意味するとこは、再生であったり新たな始まりを意味する筈なのに、現代文明社会に生きる大多数の人間に於いてはそれに限らない。
須らく全ての生物は死を喰らって生命の糧とし、排泄と自らの肉体もまた別の生命の糧になって廻り回っていく。
しかし人間は排泄物すらトイレに流してしまい、下水施設においてセメントや固形燃料などのこれまた自然には還らない(一部は堆肥にもなるようだが)物となり、そして散々喰らって形作って来た我がの肉体も最後はガンガンに燃やしてしまい骨となり僅かなリン酸カルシウムしか残さへん。
食物連鎖の頂点に立っていると思い込んでいる傲慢さからなのか、人間様の御身体は人間様のものであって、決して野の獣や虫ケラや訳のわからん微生物如きに分け与えて良いものではないぞ!って。
森の中で野糞でもすりゃあ多少の還元はできるやろうけど。
若かりし頃、写真家の長倉洋海さんに我が家にて一泊の宿を提供さしてもらった事がある。
その日は連日の移動や講演などでお疲れであんまり話はできなかったのだが、その時頂いた長倉さんの著書、『鳥のように、川のように 森の哲人アユトンとの旅』の冒頭にあったブラジルのアマゾンに住むインディオの言葉、「人は鳥が地面に降り立つように生まれてきて、川が流れて行くように死んで行く」的な言葉がうろ覚えで全然正確な文じゃないけど、おおよそそんな事が書いてあった。
デニス・バンクスに出会った事で、アメリカインディアンと深い縁で繋がった僕が出会った言葉がある。
ミタクエオヤシン mitakuye oyasın
英語で訳すと all my relations
日本語にすると 私に連なる全てのものに かな。
ラコタ族の祈りの言葉。
僕の知りうる限り最もシンプルで、最も強い祈りの言葉。
人間が手にしたありとあらゆる物質全て、どれひとつ取っても人間が一から生み出したものなど無く、自然からの恩恵もしくは搾取したもので成り立っている。
っと考えれば人間だって間違いなく自然の一部なのに、それをどこでどうトンチンカンになったのか、自分らは特別だなんて思い上がっちゃって、勝手に神だの天国だの極楽だの作って、人間は死んでも基本人間やけど、悪い事したら地獄だの餓鬼道だの畜生道だのに落としちゃうよ〜だって。
これは仏教における六道の考え方やけど、畜生道って何?
完全人間以外の動物を下に見てるやん??
どんだけ他にええ事言うてても、そこあかなんだらただのクソやん、、、
このクソは野グソしても栄養一つないほんまのクソやん。
って言うたけど、六道における人間道も畜生道と同じ扱いってことを公正を期するために書いときましょう。
ただ文句調に言いたかっただけ。
他の宗教においてもだいたい死後の人間の姿は人間のままで、輪廻転成だの生まれ変わりもだいたい人間に生まれ変わるそうやし。
古代エジプトとかのミイラなんてその最たるものやし、中国の一部である冥婚なんかもそうやし。
生まれ変わり云々も信じる、信じない、否定も肯定もせんよ、だって知らんし。
ただね、ええとこどりスピ系の奴らが言う、前世はインディアンでした、とか、前世はどこそこの王子様でしたとかは、ええ笑い話になるけどね。
一人ぐらいあなたの前世はミミズでした、とか言うてくれたら少しは信じるねんけどなぁ、、、
10代前半のとき日系アメリカ人の仏師さんで、インディアンも日本山妙法寺にも縁が深い僕の友人トム松田に教えてもらった、ハリウッド映画におけるおすすめのインディアン映画、ダスティン・ホフマン主演『小さな巨人』で知った平原インディアンの鳥葬。
頭でっかちな知識などではない、営みの中で身についた自然観(感)の醸し出す大らかさに極小器の僕は憧れるのだが、、、
死に方を選べる人間(動物含め)なんてほんまに僅かやと思うねんけど、ほんまロクなことしてけえへんかった僕なので、最後ぐらい願わくばこの有機体である肉体を余す事なく自然の中でアップサイクルして欲しいのです。
112歳まで生きる予定なので68年後に、、、希望は家族と共に自走できる150歳。
っと、今日はここまで。
PS,
もしも宗教でいう所の業だのカルマだのがあって、次生まれ変わるとしたら、子供の頃から散々生きたまま皮を剥いて来た車海老か、何も悪い事してへんのに大量虐殺されてる蟻になるんやろか俺、、、