ダルフール紛争:基礎知識
FACTBOX-Conflict in Darfur
2007.10.25
http://darfur-news.seesaa.net/article/62552830.html
(※最新ダルフールニュースをご覧下さい)
スーダン政府とダルフール反政府勢力は土曜リビアの和平協議に出席することになっている。
しかし双方の混乱はスーダン西部の4年半に渡る暴力を停止する「正念場」と国連が言うダルフール和平協議の迅速な進展をもたらしそうにない。
ダルフール地方の紛争についてのいくらかの事実をまとめる。
*紛争:
スーダン西部ダルフール地方の反政府勢力が、ハルツーム政府が非アラブ系農民を差別し、地域を無視した言って、2003年2月に政府に対して武装蜂起した。
ハルツーム政府は反乱鎮圧の助力に、代理アラブ民兵を動員した。
地元でジャンジャウィードとして知られる一部の民兵は、村を焼き討ちし、民間人を殺害した。
政府はジャンジャウィードを無法者と呼び、彼らの支援を否定した。
2003年初め以来、専門家は少なくとも20万人が死亡したと推定した。
そして250万人が地域内で避難民となった。
一部は国境を越えてチャドに入り、そこでも難民危機が悪化した。
スーダン政府は9,000人が死んだと言う。
国連は、ダルフールを世界最悪の人道的危機のひとつと呼ぶ。
アメリカは、ダルフールの暴力をジェノサイドに達したと言う。
反政府勢力は、アフリカ連合平和維持軍と援助要員への最近の死者を出す攻撃で非難されてきた。
10人のAU部隊が先月死亡した。
しかし南ダルフールのムハジリヤ(Muhajiriya)の町への攻撃で45名が死亡し、政府が非難された。
スーダン軍は、和平協定に調印した唯一の反政府勢力スーダン解放軍(SLA)派閥によって占拠された町への攻撃を後に否定した。
*停戦と協議:
停戦は2004年4月にダルフールで同意された。
アフリカ連合は、和平を監視し、キャンプの避難民を保護するマンデート(※訳注1)を受けた7,000人の平和維持軍を送った。
それ以来、停戦は繰り返し破られた。
2006年5月の和平協定は、交渉した3つの党派の反政府勢力のうちのわずかひとつだけが調印された。
それは安全を保障するにははるかに及ばないと言うダルフールの多くの人々によってほとんど直ちに拒否された。
その後反政府勢力は12の党派に分裂し、危機を深めた。
国連とアフリカ連合特使は10月27日に始まる、リビアでスーダン政府と反政府勢力グループの間で新たな協議を呼びかけた。
しかしアナリストは有力な反政府勢力は参加せず、また政府の立場は、ダルフール協定の潜在的モデルとみなされてきた南スーダンの和平協定の動揺で弱くなってていると言う。
*ダルフール平和維持軍:
国連安保理は、UNAMID(United Nations-African Union Mission in Darfur:ダルフールにおける国連アフリカ連合ミッション)として知らる新たな活動の為、7月31日の決議を承認した。
それは当初の12ヶ月間、最高19,555人の軍人と6,432人の国際警察を承認した。
UNAMIDは、現在ダルフールにいる7,000人のアフリカ連合部隊を吸収する。
それは初年度に20億ドル以上費用がかかる見込みである。
ミッションは、武力行使に関し「第7章」のマンデートの下で活動する。
これは、自らのみを守ると共に、その人員と援助要員の移動の自由を確保するため武力行使するのを許す。
武力は、民間人保護のためにもまた用いられる。
その活動の文民責任者は、コンゴ共和国前外相ルドルフ・アダダ(Rodolphe Adada)である。
軍司令官は、ナイジェリアのマーティン・アグワイ将軍である。
(※訳注1)
マンデート(mandate):「権限委任」というほどの意味だが、国連憲章固有の用語で、国の主権を制限する程度の正統な権力をミッションに与えるという大変強い言葉。



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