昨日は、旧友たちと大宮で昼飲み。

場所はよく見る磯丸水産。でも、入るのは初めて。

 

 

昼から結構、お客が入っていました。

 

 

我々は4人。

B君、高校の同級生。もと同じ会社。家は隣駅。

H君、高校、予備校、大学、サークルが同じ。よく一緒にゴルフする。

E君、大学、サークルの後輩。もと同じ会社。

B君とE君は、私が20代の頃に、私が勤めていた会社に紹介して入った。私は転職したけど、彼らはその後35年以上勤務。B君は3年前に退職、E君は再雇用でまだ働いている。

 

旧友たちなので、話すことはいろいろとあったけど、話せば話すほど、距離を感じることもある。

 

 

 

B君のみ、全然働いていない。

勉強もできたし、スポーツもできたけど、なんというか、活動的な人生を送っているような気がしなかった。35年以上付き合っている年上の彼女と同居。マンションは昨年新築を購入。子供はいない。「家賃払うよりもマンション買った方が得だ」と言うけれど、二人の死後、マンションはどうするのか。お墓ももう買ってあるみたいだけど、その墓に将来訪れるのは一体誰?

 

 

 

 

「けじめをつけるため、彼女とは今年籍を入れる」と言っていたのに、今春彼の母親が死んで、「3周忌までは人生の大きな変化は避けた方がいい、と彼女が言っている」とかで、籍を入れるのは3年待つとか。

「そんなの関係ないじゃないですか。さっさと入れちゃえばいいんですよ」とE君。

「そうだよ、急に死んだとき、遺産相続で彼女困るぞ」と私。

「内縁の妻という関係では、きっと難しい」とH君。

 

 

 

 

昔はB君の言動はかなり過激で興味深かったけど、いつのまにか妙に老人っぽく感じだ。初七日、三周忌、墓、祖先、病気、入院、お葬式、など使う言葉も話題も、前向きに今を生きる人間のものとは思えなかった。それこそ、「終わってしまった人」のよう。

 

ちなみに今読んでいる米国作家ポール・オースターの作品には「終わってしまった人」が良く出てくる。しかし、終わってしまった人も、実は死ぬまではまだまだ新たな人生の日々が待っているのだ。

 

 

 

 

退職後のB君の3年間の日々は、毎日、ほぼ散歩らしい。昼前に起きて、ご飯を食べて、2時間くらい散歩に出て、夕食を食べて、あとは焼酎を飲みながらTVを見たり、ネット検索したりして、夜中の3時頃に寝る、という日々。

 

「スポーツはやってないの?」

「やっていない」

「旅行とかには行かないの?」

「行かないね」

「コンサートとか映画は?」

「コンサートは昔よく行ったけど、最近は行ってないね。人混みが嫌で」

「大学時代の友達とは会ったりしないの?」

「会わない」

 

う~ん。

 

B君はエリック・クラプトン、デビッド・ボウイ、リッチー・ブラックモア、イーグルス、ポール・マッカートニー、キッスなどのコンサートに行き、いわゆる「ロック」が大好きだった。

 

 

 

 

E君には娘と息子がいる。二人とも独身で在宅勤務。奥さんもいろいろと働いている。E君だけ、遠くまで通勤している。週一回だけ在宅勤務。

E君は昔から飄々としていて、およそ「欲」というものを感じない。

結婚にしても、彼女の方から仕掛けてきて、彼はなんの抵抗もなくすべてを受け入れて結婚して、今に至っている。自主性がないとも言える。しかし、他人のことは全然気にしていないので、完全にマイペースだ。

 

「そういえば、明日、311だけど、Eはあの日どうしてた?」

と聞いたら

「え?、覚えてないです」と。

 

本当かよ。

 

 

 

12時から飲み始めて、気が付いたら3時になっていた。

とりあえず、精算して、氷川神社まで散歩することになった。

 

 

 

 

B君もE君も氷川神社に来たのは初めて。

広くて立派なので驚いていた。

 

 

 

 

H君は学生時代、彼女(今の奥さん)とよくここに来たらしい。

H君は横浜、彼女は埼玉在住だった。

 

 

 

「木の上に覗きが隠れていることもあったよ」とH君。

デートで有名な場所らしい。

しかし、人のデートとかを覗いて何が楽しいのだろう。

 

 

 

 

ひとそれぞれに青春時代の思い出がある。

考えてみれば不思議な話で、15歳くらいになれば人は色気づく。

やがて、恋をして、結ばれたり、結ばれなかったり。

青春映画では、結ばれるまでを描くけど、

現実の人生では、結ばれてからが長い。

 

 

 

 

 

王子様と結ばれた女性が、その後、幸せな人生を送るとは限らない。

実に退屈な生活しか待っていないかもしれない。

堅苦しい生活しか待っていないかもしれない。

 

願望は手に入れた途端に、色が変わる。

 

 

 

 

H君は学生時代、サークルの後輩と付き合い始め、結婚した。

彼女は奈良の80m2のマンションに1人で住み、

H君は埼玉の田舎の25m2くらいのマンションに単身赴任中だ。

二人の息子は、一人が北海道、ひとりは東京にいる。

 

 

 

 

H君はゴルフもするし、釣も好き。

一見、社交的には見えないけれど、謙虚で多趣味な彼は人気者で、いろいろな誘いが多い。私は彼と学生時代に欧州7カ国3週間旅行に行った。

ギリシア、イタリア、スイス、ドイツ、フランス、英国、スペイン。

忙しい旅だった。

 

 

 

 

一時間半くらい散歩した。

「お茶でも飲むか、カラオケでも行こうか」と私が言ったら

E君が「カラオケがいいですね」

B君が「喉の調子が悪いので声がでねえよ。また飲もうぜ」と。

 

 

 

 

昼は魚系だったので、今度は肉系。

 

 

 

 

B君は海外に行ったことがないらしい。

「世界一周旅行にでも、彼女と行ったらいいじゃん」とH君。

「えー、・・・・」とB君。

「ダーは英語が話せるんだろう?俺は話せないし」

 

B君の仕事はずっとコンピューター・システム系だった。

出張もなかった。毎日、ずっと社内で過ごす仕事ってどうなんだろう。

私はあちこち出張する仕事で楽しかった。

 

 

 

 

一軒目もそうだけど、二軒目もB君は1万円札しか出さない。

お釣りを渡そうとすると、「いいよ」と受け取らない。

「言いたくないけど、ばばあ(母親)が死んで、結構遺産が入ったんだよ」と。

 

結局、二軒目は彼が全部払った。

 

 

 

 

そんなにお金があるならば、それこそ、ガイド付きの海外旅行でも行けばいいのに。なんだか、生活が地味過ぎて変な感じだ。

お金をもっと活かせばいいのに。

 

 

 

 

 

いずれにせよ、我々は平均寿命まであと20年を切ってしまった。

平均健康寿命まではもう8年くらいしかない。

死ぬときに一番資産が多かった、なんて愚を犯さないように

しっかりとお金と時間を使いたい。

 

ゴルフとか、こういうブログが果たして人生において意義があるかどうかは疑問だけど、それで楽しければいいと私は思っています。

 

少なくとも「私はまだ終わっていない」と思っています。