第一子は、小学生の頃、ほとんど勉強しなかった。小学6年生の半ばから小学生の勉強を始め、中1の12月から中学生の勉強を始め、高1年齢(高校生ではない)の4月から高校の勉強を始め、高3年齢の3月で高校の勉強に区切りをつけた。

その間、だれからも勉強を習わず、完全独学だった。小中高に1日も通っていない。塾も習い事もなし。ゼロ歳の時から大量の読み聞かせ、そして自然と本を読むようになり、大量の読書。小1から毎日原稿用紙1枚の書き写し。書き写しは小学生の間はサボりがちで2日に1枚程度だったが、小6からは毎日継続した。中1からは、1日3枚書いた。高3までに5000枚は書いただろう。これが第一子の強固で盤石な土台である。

この土台づくりは、特別な能力は必要なく、お金もほとんど必要なく、誰でもできるものである。けれども、だれもやらない。戦前までは、この土台づくりは珍しくなかった。いまは、知の身体化の意義が見えにくくなっている。だから、だれもわからない。完全独学で小中高の内容を習得するにはこの土台が不可欠である。第一子は、挽回不可能なほど勉強がおくれていた。でも、巻き返した。この土台がなければ不可能だった。

第一子は、高2年齢で高認(高等学校卒業程度認定試験)に合格した。高校は卒業していないが、高認があると、高卒と同等に扱われる。大学受験も可能だし、高卒資格が必要なものはたいだいOKだ。高認試験は、大学入試センター試験や共通テストを易しくしたような作りだ。しっかり学校の勉強をしていれば、高校1年生でも合格できる。それでも、勉強をしていなければ無理だ。何年もかけて高認にチャレンジし続ける人もいる。小中高の勉強をしっかり習得できていなかったり、中学卒業後長年のブランクがあったりすると困難だろう。

第一子はさらに高3年齢の秋に普通自動車運転免許を取得した。童仙房から教習所へ通うのは著しく困難なので、合宿免許に行った。高3年齢の3月ごろ、つまり高校卒業あたりで、自動車の運転はふつうにできた。

では、その後、どう生きていくか。小中学生だった頃から、常に話はしてきた。会社で働くなら、中卒扱いとなり、困難かも知れない。高校の勉強をしっかり習得し、さらに多様で多量の読書をしていれば、ユニークな存在になれるかもしれない。完全独学で小中高の内容を高度に習得した人はほぼいないだろう。これはウリになるかもしれない。

でも、企業に勤めるなら、そもそも苦労してホームスクーリングなどせずに、学校に通った方がいいのではないか。道としてもそのほうがわかりやすい。

では、起業するのか。ホームスクーリングならば、むしろそのほうがいいかもしれない。でも、道は険しいだろう。第一子は、起業のための勉強も取り組みもまったくしなかった。だから、さしあたっての起業はない。

地元で声をかけてくださる方がいて、高卒年齢で、いくつかアルバイトをした。農業、土木工事、民宿など。社会経験にはなっただろう。だからといって、それらを職業としていく考えはないようだ。

高卒年齢1年目、19歳で、英検2級に合格した。

中途半端な状態を続けていてはよくないので、高卒年齢1年目の冬、自動車工場へ派遣社員として勤めに行った。いわゆる期間工である。自宅を離れ、アパートで一人暮らしをした。工場なので、夜勤もある。半年間勤めて高卒年齢2年目の7月に童仙房へ戻ってきた。いい経験になっただろう。

今後、どうするか。

いつまでも自宅で親と暮らしていくのはダメだ。いままでがホームスクーリングだったのだから、時が来れば親から離れ、自分で道を拓いていくべきだ。私も妻も、強くそう言った。第一子にとって、童仙房の自宅が居心地いいらしい。

ちょうどそのとき、第二子が大学へ行きたいと言い出した。そうか、その道があるのかと、ある日、第一子が言った。「京大へ行きたい」と。

そもそも私は大学進学も提案し続けて来た。大学へ行ってもいいし、働いてもいい。親が決めることではない。自分でよく考えなさい、と。大学へ行くなら、なんとなくではなく、やりたいことを明確に持って行くこと。

第一子は、大学へは行かないと言っていた。だから私も、そのつもりでいた。第二子が言い出したからというだけではなく、半年間工場勤務するなかで、いろいろ考えて大学を思うようになったとも言っている。工場勤務がなければ大学進学は希望しなかった、と。

それにしても極端だ。

あんなに勉強嫌いだったのに、しかも高校の勉強を終えて1年半もブランクを作っておいて、京大を受ける? 京大受験がどういうことなのか、わかっていないのかもしれない。

でも、自分で言い出したことだ。思うようにさせてみよう。受験勉強も独学だ。ただ、受験勉強の仕方や考え方、ノウハウなどはサポートしよう。

2020年8月のことである。ホームスクーリング家庭が、突然受験家庭となった。えらいこっちゃ!
 

 

 

第一子は勉強が嫌いで、小学4年生ごろまでほとんど勉強しなかった。小学4年生といえば、抽象概念を扱うようになるので、明確に差がつき始める時期。わが家はホームスクーリングなので他人との差は意識しなくてもよいが、そういう問題でもない。

小学生の勉強が理解できないまま大人になると、かなりマズイ。漢字がわからない、計算があやふや、都道府県がわからない、社会の仕組みがわからない、自然の成り立ちもわからない。えらいことですよ、これは。

小学4年生にもなってこれでは、ホームスクーリングどころではない。第一子に「学校へ行きなさい」と言った。たびたびそう言い、だんだん強く言うようになった。ホームスクーリングは失敗だ。いまさら学校へ行ったって、落ちこぼれから抜け出せないだろう。でも、これ以上ホームスクーリングを続けることは無理だ。

第一子は、学校へ行くことを強く嫌がった。で、しぶしぶ勉強するふりをした。ふりをしつつ、サボった。

小学生の間は、独学の教材として、メインに『自由自在』という分厚い参考書を使った。科目別になっていて、2年分が1冊にまとめられている。教科書レベルの説明から始まり、中学の内容まで踏み込んでいる。1・2年生の『自由自在』は算数しかない。3・4年生用は4科目ある。高学年用も4科目ある。4人の子にそれぞれ買った。使い回しはしていない。メイン教材なので、ボロボロになってしまう。

第一子は、ほんとに勉強が嫌いだった。でも、本はよく読んだ。びっくりするほど難しい本でも読んでいた。漢字は読み書きとも危うい。小学生の漢字が読めないし書けない。なのに、難しい本は読める。不思議だ。

勉強しないのでそもそも参考書を読んでもわからないのかというと、そうでもない。あの分厚い『自由自在』を難なく読みこなす。なぜ読めるのかというと、もうこれまでさんざん言ってきたように、幼少期からの怒濤のような読み聞かせとそこからつながっていく読書によることは間違いない。第一子は自分で本を読めるようになってから、昔話を大量に読んだ。これは効いている。やわらかい本をいくら読んでも『自由自在』には太刀打ちできないだろう。昔話は「やわらかい本」ではない。易しいがやわらかくはない。そして、並ぶものを見つけにくいほど奥が深い。

第一子はもう5年生。学校へ行くか、自分で勉強するか。第一子は自分で勉強すると言った。『自由自在』をハイペースで読破する(ふりをした)。何もしなかったことを思えば、「ふり」でもマシだ。

6年生のなかばぐらいから、一生懸命勉強するようになった。自分でも、このままではマズイと気づいたようだ。たくさん本を読んでいたら、勉強しないまま大人になることの恐ろしさに気づく。

とはいっても、遅すぎるんや。もう6年生やぞ。この子の将来はどうなるのだろう? ホームスクーリングを選択した親の間違いだったのか? そうかもしれない。けれども、あんなに勉強嫌いなら、学校へ行っていても勉強するとは思えない。どのみち、落ちこぼれていただろう。この時点で、まさか国立大学に行くことになるなんて夢にも思えなかった。どうにかこうにか、まともな大人になり、なんとかかんとか生きていってくれるだろうか、と祈るばかり。

取り返しがつかないかもしれないけど、できるだけのことは頑張って欲しい、と思っていたのだが、6年生半ばからは、「勉強しなさい」と言う必要がなくなった。まるで別人だ。

小学校の内容をほっといて中学の勉強を乗せることはできない。中1にかけて、小学生の『自由自在』をやっていった。ものすごいハイペースだ。中1の12月ごろ、小学生の内容を終えた。テストをしてみても、まずまずだいじょうぶだろう。中学の勉強へ進める。

ほとんど勉強しない状態から一転して超ハイペースで小学生の内容を短期間で習得できるものなのか。ハイレベルでできた、とはいえないが、おおむねできた。これは、学校に行っていたら、不可能なリカバリだ。学校へ行っていたら、日々の授業が進んでいく。それと全く異なる勉強をしていくのは困難だ。さらに中学生になってしまうと、定期テストに追われる。定期テストを無視して小学生の勉強をするのはまず無理だろう。

ホームスクーリングだからこそ、リカバリができた。いや、その前に、勉強の土台が強固にできていたからこそのリカバリだ。土台とは、読むことと書くこと。大量の読み聞かせと読書、大量の書き写し。これがないと、不可能だった。小学生の勉強ができないまま生きていくしかなかっただろう。

第一子は、中1の12月から中学の勉強を始めた。中学では、旺文社の『総合的研究』という、さらに分厚い参考書を使った。教科書レベルの解説から、高校の内容まで踏み込んでいる。だれからも勉強をならわず、参考書だけで、中学の内容も習得していった。もう、「勉強しなさい」とは言わなかった。日々の生活リズムも自己管理ができるようになっていった。

親は、毎日、その日にやった勉強のノートを確認するだけで、内容を教えることはない。わからないことを質問してくることもない。わからないことがあっても、自分で考えればわかるようになるそうだ。

中3時点で、公立高校の入試問題をやってみた。進学校には届かないが、中学生の平均をそこそこ超えているだろう。2年あまりで中学の内容をマスターしたことになる。

高1年齢春からは、高校の勉強をした。理科基礎4科目、社会全科目を含め、英数国とも参考書と問題集で進めていった。誰からも習うことなく、高校の内容を独学で習得していった。

もう勉強ができない子ではなくなっていた。本人の努力次第では、高校生としてかなり上位もめざせるあたりまで学力がついてきた。あんなに心配し、将来をあきらめもした過去が、なつかしい。
 

 

 

子どもになるべくさせたくないものといえば、テレビ、ゲーム、スマホ。勉強を意識する親はだいたい同じように考える人が多いのではないか。

テレビについては9番目の記事に書いた。うっかりすると、生まれた直後からテレビの映像と音声に子どもが曝露されてしまう。ものごころがついてからは、ゲームだろう。子どもたちの遊びと言えば、ゲームが主役だそうだが、どう考えてもおかしい。ゲームをするのはかまわないと思うけど、遊びの主役というのは変だ。

私の子ども時代には人生ゲームや野球盤がゲームであって、テレビゲームやゲーム機はなかった。高校生の頃、ゲームセンターがはやりだしたと思う。ゲーム機は大人になってからだ。私の世代でゲームを楽しむ人は、ある程度大きくなってからゲームを始めたと思う。私は、ゲームに興味を持たなかった。パチンコにもギャンブルにも興味がないのでよくわからない。

私にはわからない世界だからこそ、子どもたちはぜひともやってみたらいいと思う。わが家ではゲームを禁止も制限もしなかった。第一子は小学生低学年で、はじめてお年玉でゲーム機を買ったようだ。「ようだ」というのは、小遣いやお年玉の使い方を管理していないので、何に使ったか、何を買ったか、親は知らない。

ゲーム機にもいろいろ種類があるようだが(こんなことを言っていたら笑われる?)、第一子はけっこうたくさん買ったようだ。中古店も上手に利用していたようだ。第二子、第三子、第四子もつられてゲームで遊んだ。DSという名前はよく聞くが、私は使ったことがないのでどんなものなのか知らない(笑われる?)。子どもたちの様子を見ていると、楽しいもののようだ。

ゲームは中毒性がある、ということは理解している。子どもたちをゲーム中毒にしてはいけない。けれども、ゲームがどんなものか知るのは大事なことだと思う。

ゲームの有害性として言われるのは、勉強をしなくなるとか、目が悪くなるとか、人間関係を築けなくなるとか。どんな「有害物」でも、害が出るのは度が過ぎた時だ。害が出ない範囲におさまっていれば、ゲームで遊ぶのはかまわないと思う。

うちの子たちは、尋常ではないほど本を読んできた。第一子も学校へ行っている子には物理的に不可能なほど本を読んできた。最もたくさん本を読んだのは第三子だろう。第四子も続く。第二子、第三子、第四子は小学生高学年になるにつれ、あまりゲームをやらなくなっていったようだ。管理していないので正確なことはわからないが、ゲームへの興味が薄らいだように見える。(だから猛烈に本を読めたのかも)

DSで勉強するためのソフトもある。そういう勉強の仕方もよいのではないかと思っていくつか買ってみたが、子どもたちは試してはみたもののあまり使わなかったようだ。勉強の役にはたたないという評価だった(子どもたちの言)。

第一子は、ある程度大きくなってもゲームが好きだったようだ。ゲーム中毒にはなっていない。ホームスクーリングだから、時間は自由だし、親は管理するのを好まないから、中毒化する危険もあったが、そうはならなかった。やはり、たくさん本を読んできたことがいい具合に舵取りをしてくれたように思う。

本を読むと言うことは、たくさんの人の人生を追体験することでもある。文学作品は実在の人物ではないが、現実にありうる人生を描いている。親がうるさく言わなくても、ダメになる生き方、良くなる生き方が見えてくる。見えてくれば、好きこのんでダメになろうとはしない。

ゲームが趣味であってもよい。なんにしろ、良くなる生き方を目指してくれたら、細かいことはどうでも良い。

第一子はゲームが好きだったけど、年齢が上がるにつれて自然とやらなくなっていったようで、大学生になって家を出る時、ほとんど処分したようだ。けっこうゲームが好きなんだと思っていたが、大学生になって、「こんなゲームも知らないの?」と友人から言われたそうだ。第一子が知っているゲームは時代遅れで、最近のゲームは第一子も知らないのだそうだ。いつのまにかゲームを卒業していたのだろうか。

本をたくさん読むことと、ゲームにのめりこむこととはなかなか両立しないかもしれない。二律背反に近いものなのかもしれない。ゲームをたくさんするほど本は読まなくなる。本をたくさん読むほど、ゲームをしなくなる。そんな相関を感じるのだが、どうだろう。

テレビとゲームと本。生まれて最初に出会うのはどれだろう? そして最初になじんでいくのはどれだろう? それが人生を大きく左右すると思う。

わが家では、最初に出会ったのは本で、最初になじんだのも本で、大量に曝露されたのも本だった。テレビはその次、ゲームはその次だった。テレビもゲームも、本に大量曝露されたあとなので、影響は小さかった。私とは異なる意見や価値観はあるだろう。誰とどのように議論したとしても、この部分は譲らない。もっとも、他人の価値観をけなすことはしないけど。