わが家は完全ホームスクーリングだから、高校の次は大学などという発想はそもそもない。

第二子が2020年6月に大学受験を宣言し、8月に志望校を宣言した。高校年齢の半分近くが過ぎた時点である。学校へ行っている子でたとえてみれば、中堅ぐらいの公立高校に入学後、まったく高校の勉強をせずに、試験は0点近くというまま高校2年生となって夏に、難関国立大学へ行きたいと言い出したわけである。

ちょうどそのころ、7月に第一子が自動車工場の期間工を半年勤めて、帰ってきた。次の仕事はどうするか、という話をしばらくしていた。8月になって、「京都大学へ行きたい」と言い出した。とつぜん何を言い出すやら、さっぱりワケワカメである。

「大学へ行きたいのはいいが、それならどうして18歳で高校の勉強を終了せずに、そのまま受験へ移行しなかったんだ? なんで1年半もブランクをつくったんだ?」と問うた。

「期間工に行ったからこそ、大学に行きたいと思うようになったんだ。期間工に行っていなかったら、大学は思わなかった」とのこと。

たしかに、なんとなく大学へ行ったってあまり意味はないだろう。そういう点なら、第一子の遠回りに見える選択は間違っていない、というか、まったく正当だ。

それにしても、なんで京大なんだ? 

第一子が小学生になる前から京大と地域が協定を結んで活動を始め、ずっと京大が身近だった。第一子が地元の(籍を置いている)小学校に行ったのは、卒業証書をいただいたときだけだ。授業に出たことはない。第一子は京大には何回行っただろう。10回ではきかない。公開講座にも参加したし、シンポジウムにも参加した。学園祭にも参加した(地域と京大のブース)。小学校や中学校より京大の方が身近だったのは間違いない。こんな子どもはいないだろう。

親近感をもつのはいいが、京大をなめているのではないか? そしてまた、受験を軽く考えているのではないか?

高校受験を経験せず、定期テストも一度も経験したことがないのだから、試験や受験がわからないのは無理もない。挑戦するのは良い。しかし、腹を据えて本気で臨むべきだ。

第二子にも問うてみた。「大学受験したいなら、どうして3年間も勉強のブランクを作ったんだ? 地道に継続して勉強していれば、ふつうに受験に入っていけたはずなのに」

第二子が言うには、「ブランクでもスランプでもない。あの3年間は哲学をしていたんだ。哲学をしていたからこそ、大学へ行きたいと思うようになったんだ」

なるほど。漫然と大学へ行くのではなく、明確な意図をもって行きたいと言うのだな。それは良いことだ。

2人とも、まず、受験がどういうものかを知らなければいけない。

今までは、だれとも競争せず、自分のペースで勉強してきただろう。受験はそうではない。競争に勝つことだ。偏差値に振り回されて生きるのはバカげている。受験はそのバカげたことを死に物狂いでやらなければいけない。大学には定員がある。定員の2~4倍くらいの受験生が競う。つまり、椅子取りゲームだ。

キミが合格すれば、だれかが代わりに落ちる。キミの喜びは誰かの悲しみとともにある。

他人を蹴落として這い上がらねばならない。鬼になり、夜叉になり、餓鬼にならねばならない。

ほんとうにそうだろうか。

そんな生き方をすべきでないと、幼い頃から教えてきた。他人を蹴散らし、自分さえ良ければよいという価値観はまちがっている。他人を馬鹿にしたり見下したりするのもまちがっている。人間は、どんなにエライ人でも自分一人では生きられない。どこかで誰かが、汚い仕事、危険な仕事、キツイ仕事を、もしかするとどえらい低賃金でやっている。そんな人たちがわんさかいて、文明が成り立っている。寝たきりの人は生きる価値がないのか? その方たちの存在は、私たちに生きる意味を問いかける。私たちも、いつその立場になるかわからない。ともに生きることの大切さ、尊さを問いかける。私たちは自分の思い上がりやごうまんさを思わずにいられない。なんと素晴らしい「価値」ではないか。キミは、そんな世界で生きているのだから、何かを一生懸命頑張って、社会に参画していこう。すべての人たちの人生が今よりいくらかでも良くなるために、何かに力を尽くしていこう。

受験とはなんだ?

良い会社に入って、たくさんお金を稼いで、楽な暮らしをするために大学へ行く? 上級国民になるために大学へ行く? そんな考えなら大学はやめておけ。

大学へ行くことで、キミがより良く社会に貢献できるなら、大学へ行くことに大きな意味があるだろう。自分のことだけ考えて大学に行こうとする受験生は多いだろう。そのような人の代わりにキミが合格することになら意味があるはずだ。

もしも望み通り国立大学にいけたら、他人から称賛されるだろう。国立大学にいけるのは10人に1人だ。望む人がだれでも行けるわけではない。さらに難関国立大学ともなれば、大きな称賛を受けるだろう。勘違いしてはいけない。それは、キミがエライのではなく、とても恵まれていたということだ。学歴を手に入れても、それをもって他人を見下すために用いてはいけない。

大学は学問をする場所だ。学術機関だ。わが国の知性の源泉だ。どんな種類の学問でも、そのすべてがわが国を支え、世界を支えている。そして、未来を作る。学問をあなどることなかれ。謙虚な志で学問に入れ。キミには世界を支え、未来を拓く覚悟があるか?

大学に行けたら、なんであれ、社会に還元し、貢献すべきだ。どんなささいなものでもいい。世界中のすべての人たちとともに生きていくことが自分の人生を自分で生きることにほかならない。

子どもたちよ、大志をいだけ! 
 

 

第二子は中2から高2にかけて、ほとんど勉強しなかった。中3の2カ月間で中学の内容を一気にやったが、たいへん心もとない。中学の内容が、そこそこではあっても十分習得できているとは言いがたい。

高2年齢になって、コロナが始まったこともあってか、スランプが一段と激化したように見えた。親として、将来を心配するようになってきた。自立してやっていけそうには見えない。

高2年齢の6月ごろ、「大学へ行きたい」と言い出した。中学の内容が不安なばかりか、高校の勉強はまだなにもやっていない。大学受験なんて、かすんで見えもしない。

親として、「ダメだ」とは言うわけない。ただ、見えないのだ。

第二子は、行きたい大学を、やりたいことを考えるために、いろんな大学や専門学校の学校案内を取り寄せた。私立大学の案内を取り寄せたらお金をもらえるのだが、国立大学の案内を取り寄せたらお金を払う。国立も私立もたくさん取り寄せた。お金を払うのは親で、お金をもらうのは第二子。なんか釈然としないが、まあいい。

学校案内を見比べると、よくわかる。それぞれの大学が、どのような受験生を求めているかが。

東京大学の案内は、小さな字がびっしり書かれていて、高校生にはかなり難しいと思えるような内容だ。そのようなものを読み込んで理解する受験生を求めているということだ。

京都大学の案内は、研究内容の紹介が中心だ。最先端の高度な研究に関心を持ち、みずから研究にたずさわろうと志す受験生を求めている、と読める。

文理融合や国際化をうたう大学もちらほら見られる。

就職についてページをさく大学もある。学生生活の楽しさをうったえる大学もある。ブランドイメージを前面に押し出す大学もある。

そうするうちに、第二子の志望が形をなしてきた。やりたいことも明確だ。それができるコースがはっきりとあるのは、難関国立大学だけ(数校)らしい。お金になる研究ではないので、カネ、カネ、カネの新自由主義全盛社会にあっては、疎外される分野なのだろう。ギリギリ難関国立大学の矜恃が維持しているといったところなのかもしれない。

おお、ココロザシはまことにけっこうだ。ぜひガンバリたまえ。問題はキミの学力なんだ。希望するだけでは現実は1ミリも動きやしない。

さすがに第二子にも、そのことはわかるようだ。

オヤジは京大現役合格と言っても、40年前の話だ。共通一次の4年目だった。共通一次の過去問は3年分しかなかった。塾も予備校も行っていない。予備校の夏季講習なら行った。模試の成績優秀者が夏季講習に招待されたから。高3のとき、模試を26回受けた。模試のシーズンはだいたい半年ぐらいなので、毎週近く模試を受けていたことになる。土曜日が休みでなかった時代だ。全国的に無名なローカル進学校の公立高校に通っていた。高3で校内模試が3回あったが、3回とも学年トップだった。共通一次も校内トップ。

そのような結果をだすための勉強はあくまでも授業の予習復習が中心だった。塾や予備校がなければならないものではない。有名進学校の授業ではない。ふつうの公立高校の授業で十分なのだ。教科書をしっかりマスターしたら、おおむね京大付近まで届く。あと一押しすれば京大に合格できる。あと一押しにはプラスアルファが必要だけど。

さて、40年たったいまの入試はどうなっているんだろう? 40年もたてば浦島太郎状態か。まったく別ものになっているのではないか。

制度はいろいろ変わったが、センター試験の過去問を見ると、40年前の共通一次とよく似ている。京大の過去問を見ても、40年前とおどろくほど似ている。京大の場合は、何も変わっていないと言ってもいいぐらいだ。時代が変わって、入試制度が変わっても、入試問題はあまり変わらない。京大の伝統なのだろう。

大学受験は、40年前の考え方とやり方が、あるていど今も通用するかもしれない。参考書や問題集はずいぶん変わった。40年前よりも、劇的に増えた。選ぶのが難しそうだ。40年前なら、京大を受けるならこれとこれとこれ、というような定番があった。40年前の京大受験定番参考書は、今もそのまま売られている。驚くべきことだ。40年前と試験問題があまり変わらないという私の感覚が正しいということなのか。

ネットや各種情報で、現代の受験の取り組み方、進め方をいろいろ見たが、私が40年前にやってきた手法とほとんど変わらない。表面的には大学受験の仕組みが変わっても、本質は変わらないのだろうか。

京大に限らず、難関大学の受験プロセスはおおむね共通している。どこまで精度を上げるかの違いだ。

私が第二子にコーチングできそうだ。勉強は教えない。受験の心構え、スケジュールの考え方、参考書や問題集の選び方、日々の進め方など、アドバイスはできるだろう。

わが家の子たちは完全ホームスクーリングなので、高校受験もしていない。定期テストも経験していない。外部から受験に関する情報が入ってくることもない。南山城村で難関国立大学を受験する人は、たぶんいないだろう。だから、周囲に受験の環境も情報もない。都会に住んでいれば、そして学校に行っていれば、うるさいほど情報がやってくるだろうけど。

高2年齢の夏になって、まだ高校の勉強を始めていないという絶望的な状況から、難関国立大学へどのようなプロセスを描けばよいか。意外にも悲壮感はない。昔話の大量読み聞かせと、大量読書、大量の書き写しという、他の追随を許さぬ土台があるからだ。

よし、やってみよう。1年半遅れた高校生、起動する。
 

 

2020年1月に日本でもコロナ感染症が確認され、2月末には首相が一斉休校を呼びかけ、前代未聞の大混乱となった。

卒業式がなくなったり、学年最後の方の授業ができなかったり、新学年になってもオンライン授業にふりまわされたり、1学期が短くなったり。親も仕事が減って収入が激減したり、子どもが家にいて仕事ができなくなったり。給食がなくなったことで食材も大混乱。家で食事を作らないといけなくなって大変だったり。自粛自粛自粛で運動不足になったり、心が不調をきたしたり。

世の中は大混乱で大変だった。

でも、わが家はなんともなかった。だって、学校行ってないから休校関係ないし。ふだんから家でご飯食べてるし。私の仕事はそもそも在宅ワークだし。そもそも斜陽産業なのでコロナ前から厳しかったし。田舎だから、人はあまりいなくてウイルスもやってこないし。

緊急事態宣言がでていても、ふだんと変わりない。家にこもる必要はなく、周囲を散策したり散歩したりは自由。だって人がいないもん。

子どもたちももともとホームスクーリングなので、何の影響も無し。

2020年1月というと、第一子が自動車工場で仕事を始めたちょうどその時だ。半年間つとめたが、それはコロナ初期に相当する。自動車減産で途中から仕事が減ったそうだ。

第二子はスランプの真っ最中。留学が無理となって、さらにスランプが悪化した感じ。

第三子、第四子はふだんのままで影響なし。

ホームスクーリングというのは、世の中の動きに影響されないということをあらためて実感した。しかも住んでいるところが田舎なので、環境も安泰だ。ホームスクーリングは異端だろうし、田舎も国土の周縁であるはずだ。でも、コロナ危機にあっては、最も優れた環境であり教育であるということになって、びっくりした。

もしかして、いつか大災害がおきてふつうの暮らしができなくなっても、わが家はダメージが少ないかもしれない。災害でなくても、世の中が大混乱する事態が生じても、わが家はダメージが少ないかも知れない。

田舎に住み、ホームスクーリングをするということは、レジリエンスが高いのかも知れない。

ホームスクーリングは、外部に依存することなく、自分で考え自分で学んでいくことだから、世の中に影響されにくいのは当然だろう。

田舎で暮らすこともそうだ。都市の生活はあちこちに依存し、自分で采配する余地は意外と小さい。田舎は周縁なのでそもそも便利さに依存しづらく、ふだんから自分で采配せざるを得ない。だから、世の中に影響されにくいのは当然だ。

そのコロナのさなかに、コロナに影響をうけにくいはずのわが家で、ホームスクーリングに激変が生じた。たまたまだろうか? いや、たぶん、そうじゃない。2020年春ぐらいから、コロナによって世の中がどう変わるかという議論が活発になった。アフターコロナはどうなるのか、といった感じ。そういう議論は、わが家でもウォッチしているし、子どもたちともよく話し、いろいろ考える。それがトリガーになったのは、たぶん間違いない。

この連載のタイトルは「独学で大学受験」だが、独学で大学受験したのは結果であって、大学受験をめざしてのホームスクーリングではない。大学受験は目標ではない。大学受験などどうでもいいというのではない。もっともっと大きな、大事なことがあるだろう。人生だ。

人生をより良く生きる力をつけるためのホームスクーリングだ。より良く生きるとは、たくさんお金を稼ぐとか、安定した生活を手に入れるとか、高い学歴や高いステータスを手に入れるとか、そんな話ではまったくない。自分の人生を自分で生きる。シンプルにそれだけだ。

逆に言うと、自分の人生なのに自分で生きていない人は多い。多いというより、ほとんどがそうだ。自分の人生を自分で生きるのは、とても難しいことなのだ。

そのための道中で大学へいくことが有意義なら、それもいい。大学へ行かない道が良いなら、それもいい。あくまでも軸足は大学受験ではなく、人生なのだ。

第一子は18歳で高校の勉強を終えた時点で、大学には行かないと言っていた。それで、社会へ出るきっかけとして、自動車工場の期間工へ行ったのだった。

第二子も、中学から高校にかけてまともに勉強をしていない。高2年齢になっても、高校の勉強は未着手だった。

コロナ時代になって、その第一子と第二子が大学受験を宣言した。やるなら、しっかりがんばれ。想定外の受験生家庭となってしまった。ここから先は、受験の話になる。完全独学が大学受験に通用するものなのかどうか、道なき道を行くことになる。

完全独学で国立大学に合格した人が、過去にいるかどうか、知らない。完全独学を貫いた人じたいがきわめて少ないはずなので、国立大学へ行った人はいないかも知れない。ならば、未来につづく人たちへ、希望を拓けるかもしれない。この挑戦は、本人だけのものには終わらないかも知れない。

完全独学で小中高の教科学習を高度にマスターできたと証明できるなら、だれでも、どんな方法でも可能だということになるはずだからだ。私が主張するのは土台づくりであって、ホームスクーリングや独学という方法の問題ではない。その土台づくりは昔話の読み聞かせ、読書、書き写しだ。最新のメソッドではない。昔ながらの伝統的な、今ではすっかり忘れ去られてしまった学びだ。

さて、子どもたちは、どういう展開を見せ、どういう結果をだすだろうか。