ホームスクーリングを決断してはみたものの、どんなものなのか、どうやっていくのか、なかなかピンとこない。霧の中を見通すようなものである。私自身が、ホームスクーリングを経験したことがないし、不登校ですら経験したことがない。

ただ、独学という視点でいうなら、私の話でいうなら、社会人になってからは、すべてが独学だ。小中高の自宅学習は独学だ。塾も予備校も行ったことがない(夏季講習ならある)。京都大学に現役合格したが、受験勉強の過程は独学だ。

そもそも独学という概念自体が生涯学習的ではないか。

第一子にホームスクーリングを選択したのは、自分の人生を自分で生きていってほしいから、という一言に尽きる。ホームスクーリング思想やホームスクーリング哲学は、ない。この目標を追求できないなら、ホームスクーリングに意味はない。

学校では、勉強を習い、同級生で様々な活動(運動会とか遠足とかいろんな行事など)をする。学力と社会性という言い方がよくなされる。ホームスクーリングでは勉強を広く考えたい。目的のない学びだ。どんなことでも、勉強になり得る。これは、わが家では子どもたちに徹底した。どう見ても遊んでいることでも、子どもたちが「勉強している」と強弁することもある。テレビを見ていても、ゲームをしていても、「勉強している」と強弁したこともある。やむを得ない。それも勉強だ、と認めよう。

その上で、学校教育でいう教科学習もホームスクーリングでやっていこう。ホームスクーリングやオルタナティブ教育を実践している方たちは、教科学習に意義を認めない考えの方が少なくない。考え方としては理解できるが、教科学習はあらゆる思考の土台になる。わが家では、重視したい。学校に行ったと仮定して、それ以上に教科学習ができるようにならなければ、ホームスクーリングは失敗だと考える。同じように、学校に行ったと仮定して、それ以上に社会性が育たなければ、ホームスクーリングは失敗だと考える。わざわざ学校に行かずホームスクーリングを選択した意義が見出せない。この点は、他のホームスクーラーとは大きく異なるかも知れない。

ざっと、こんな感じで夫婦で対話を重ねた。

2006年秋、村の教育委員会から、就学前検診の案内が来た。黙ってスルーした。教育委員会の次長が家に来た。ホームスクーリングをやっていきたいと伝えると、驚愕し、動揺していた。「私の一存では対応できない」と。

その後、教育委員会からは何の連絡も通知もなかった。小学校就学の説明会とか、体操服等の購入とかも、黙ってスルーした。それでも、何もなかった。

ホームスクーリングを実践しているご家庭は、国内ではきわめて少ないが、わずかに存在する。その方たちの報告を見ると、ほぼ全員(かどうかは自信ない)が、逆風にさらされている。教育委員会から、学校から、地域から、親戚から強いバッシングがあり、夫婦で意見が対立し夫婦仲がこじれるケースも。

私も、とうぜん、覚悟した。理論武装すべく、法律、教育、学習指導要領、他方面から研究し、レポートにまとめた。それは、教育委員会には渡したが、それ以外にはほとんど使うことがなかった。

4月初頭、村の統合小学校(唯一の小学校)の教頭先生が家に来た。初めてのケースなので、小学校としての対応を定めたいと。逆風はみじんもなかった。小学校は義務教育なので、在籍し、就学している形態をとらせてほしいと、教頭先生から。そこを拒否する理由などまったくなく、むしろ、第一子のポジションを確保して頂けるのはありがたい。不登校のような扱いになるのかもしれない。入学式では名前を呼ぶかどうか。名簿に名前を載せるかどうか。教室に机を用意するかどうか。教頭先生はこのような質問をしてくださったが、これらはすべてノーでお願いしたい。実際に通う意図がないのに名前や机があると、他の生徒たちが不審に思うだろうし、第一子からしても現実との不整合が生じる。書類上はどのような扱いでも良いが、表面上(見える部分)では、第一子がいないことにしてほしい。このように申し上げると、教頭先生は、「可能な限り希望に添いたい」と。

申し訳なく思うほど、教頭先生は緊張しておられ、控え目な対応をされた。私は威圧したりけんか腰になったりしていない。できるだけ穏やかに、丁重にお話しさせていただいたつもりだ。教頭先生との打ち合わせは、この上もなく最高のものとなった。

4月から、本格的にホームスクーリングが始まった。そのことは、あらためて書こう。

その前に、逆風について書いておこう。現在にいたるまで、逆風は皆無だった。私の知らないところでいろいろな意見はあったかも知れないが、それはあったとしても私は知らないし、知らない以上、関係ないことである。

教育委員会、小学校、中学校とは、きわめて良好な関係を築けた。義務教育なので、毎年春に教科書を届けてくださる。そのさい、子どもの様子を確認したり、対話をする。「学校へ来ようと思えば、いつからでも学校へ来てください」と、いつも言ってくださる。とてもありがたいことだ。わが家はホームスクーリングありきではないので、軌道修正はあるかもしれない。その余地が残されているのは、感謝に堪えない。小学校、中学校からは、卒業証書もいただいた。どのように学習し教科学習を履修したかという報告もさせていただいた。小学生のうちは、日常の勉強の教材、日常読んでいる本を見ていただくだけで先生方は言葉を失っていた。中学生も同じだが、さらに模試の結果を報告した。とくに第三子は圧倒的な成績で、第四子もそれに続くぐらいの成績だ。先生方は驚愕されていた。これらをもってして、登校督促はありえないだろう。「この学力を学校でつけてくださいますか?」という質問が出ることを怖れているように見えた。登校督促はいちどもなかった。私は小中学校、教育委員会に常に感謝し、控え目に友好的な態度で真摯に接してきたつもりだ。

児童相談所の職員さんが来たことがある。子どもの様子を確認し、子どもたちとも対話し、帰っていった。来たのは一度だけだった。虐待がないことを確認されたのだろう。

地域もあたたかかった。わが家がホームスクーリングであることは、みんな知っている。バッシングのようなものは全くなかった。

親戚もバッシングなし。私の父親は小学校の教師を定年まで勤め、最後は校長にもなったが、ホームスクーリングを理解し、支援してくれた。

京大との活動において、京都大学の先生方(教授、准教授、講師、助教)がびっくりするほどおおぜい童仙房に来てくれた。他大学の先生方もおおぜい来た。だれひとり、ホームスクーリングに異論をとなえなかった。むしろ、賛成と表明された方々がいた。このことは想定外だった。

さらに、たまたま出会った一般の方々でも、ホームスクーリングを理解し共感する方が珍しくなかったのには、ほんとうに驚いた。逆風は皆無だった。

あらためて思う。ホームスクーリングは在宅学習なのだが、わが家だけではやっていけない。非常に多くの方々が理解し支援してくださったおかげだ。現在のわが家があり、4人の子どもたちがあるのは、みなさま方のおかげだ。いくら感謝しても感謝しきれない。ありがとう。
 

 

 

2006年には、京都大学大学院教育学研究科が地域と協定を締結して野殿童仙房生涯学習推進委員会をたちあげた。6月のことである。それから、京大は月に1~2度くらいのペースで童仙房に来た。8月には、童仙房の廃校舎で夏季セミナーを開催した。

京大は地域の行事にも参加した。11月に南山城村が「活き生き祭」という祭を毎年開催している。村内の各団体、個人がブースをだして、収穫物、加工品などを販売する。童仙房の地域と京大が共同で出店した。

秋に、童仙房の小学校近くの道路脇に掲示板を立てて、こんな文章を張り出した。

 

生涯学習とは何でしょう。

学校の勉強だけが学びではありません。
子どもの時だけが学ぶ時というわけでもありません。

おとなになっても学ぶことができます。
自然からも、友達からも、学ぶことができます。
子どもからも学ぶことができます。

だれもが、自分の知らないこと、知りたいことを持っています。
だれもが、自分の知っていることを持っています。

知っている人が知りたい人に教えてあげること、
知りたい人が知っている人から学ぶこと、
そこでは、みんなが先生で、みんなが生徒です。

人は、いつでも、だれからでも、何からでも学ぶことができるのです。
そして、学んで知ったことを、まただれかに教えてあげたら。

掲示板はそのためにだれにでも開かれています。



生涯学習という言葉はよく見かける。大人のカラオケとかサークル活動が生涯学習と呼ばれることもある。間違いではないが、生涯学習の本質は意外と知られていない。「いつでも、どこでも、誰からでも、何からでも学ぶ」ということだ。

学校教育では先生と生徒が固定される。学ぶべきことがらが定められ、定められたことがらをどのくらい習得できたか評価される。カリキュラムや時間割は定まっており、クラスの全員が同じことをする。

生涯学習の概念では、何も定まっていない。カリキュラムも何もないのではなく、定まっていないということだ。自分が学ぶことを選び、自分が学び方を定め、望むだけ、望むように学ぶ。こんなイメージだろうか。

教授は、「目的のない学び」という概念を提唱していた。学校教育は目的を厳密に設定する。すると、目的からはずれたことはやらない。教科書にないことは学びの対象ではない。試験にでないことは学びの対象ではない。すると、学びの対象が限定され、狭くなってしまう。対象から少しはずれたものは学ばない。このことへの批判はすでに各方面から噴出しているが、学校教育のシステムはそういうものなので、なかなか打破できない。もしかすると、今後も末永くこういうシステムのままで継続していくのかも知れない。

学ぶ目的を設定しないということは、どこまででも、無制限に、永遠に学びが拡大し、継続していく。終わりがない。完成がない。だからこそ、生涯学習なのだ。と、私は理解した。

学ぶ目的を設定しないということは、ややもすると、何も学ばないという結果になりかねない。そこをどうするか。

と、夫婦で常に対話していて気づいた。わが子に望む学びのスタイルは、こういうものではないのか。

秋には、第一子の教育をどうするか、結論をださなければならない。いよいよタイムリミットだ。わが子のことだ。親が責任をもって決断しないといけない。

童仙房にて、自らの手で、生涯学習的にやっていくなら、ホームスクーリングか。考えたこともなかったが、実例は知っている。不登校からホームスクーリングを始めた方もいる。国内では非常に少ないが。

ホームスクーリングについて、調べた。法律的にはどうなのか。教育は義務でなく権利である。いっぽう、保護者は子どもに対して普通教育を受けさせる義務がある。しかし憲法にも教育基本法にも、学校へ行かせなければならないとは書かれていない。学校教育法には、小学校へ就学させる義務があると書かれている。学校教育法を厳密に解釈するなら、不登校は法律違反である。現在はそのような運用はされていない。しかし、不登校ではなく意図的に学校へ行かせずホームスクーリングをすればどうなるのか。法学者の見解がいくつかみつかったが、違法でもなく合法でもなくグレーゾーンだが裁判になっても違法にはならないだろう、というところのようだ。もし違法になれば、不登校に遡及せざるを得なくなり、混乱は避けられないだろう。

では、法律はクリアできるとして、子どもにとってはどうなのか。

問題は大きく2つ。学力と社会性だ。これについては、かつて不登校について学ぶために精力的に動いた時期があり、その経験が役に立った。不登校児は千差万別で、ひとくくりにはできない。不登校になったいきさつも、不登校になってからの過ごし方も、親の対応も、それぞれだ。その中で、私が確信したのは、「不登校ならば学力が低い」「不登校ならば社会性が低い」という2つの命題がどちらも偽であるということだ。勉強に苦労している子も多いし、社会性に苦労している子も多い。しかし、学校に行っていても、勉強にも社会性にも苦労する子が多く、不登校だからハンディがあるとは言いきれない。不登校児の中には、しっかりした学力を持っている子も少なくないし、しっかりした社会性を身につけている子も少なくない。

わが子にホームスクーリングを選択しても良いのか。ためらう。

教授に打診してみた。積極的に推すことはないが、「そんなことはやめておけ」と否定でもない。いいんじゃないですか、というニュアンスだった。否定ではないのだ。

とうとう、夫婦で決断した。ホームスクーリングでいこう。ものすごく迷い、ためらい、行きつ戻りつしながらの決断だった。

そのように第一子に伝えたら、ある日、こう言った。「ボクの行く学校の名前を考えたよ。いつでも学校、どこでも学校、だれでも学校っていうんや」

教授にそのことを話したら、「なんと、生涯学習の本質を理解していますね。すばらしいですね」とのこと。第一子は掲示板の言葉を借りたにちがいないし、教授もリップサービスが入っているだろう。第一子がホームスクーリングを拒否していれば撤回した。でも、この展開だ。やってみよう。
 

 

 

保育園に行かなくなったことで創造性が進んだ、というのはある意味、アイロニカルなことかもしれない。これをもって、世の中の保育園や幼稚園を否定したり、保育園・幼稚園に行かないほうがよいなどと喧伝するのもやり過ぎだ、というか、間違っている。

創造性を高めるには、大人があまりかまいすぎない方が良いだろう。そこは間違いない。ただ、何もなくて放置すれば良いかというと、そうでもないだろう。

まずは大人、とりわけ親の背中だ。親が、「疲れた~」といってテレビばかり見ていては、子どもが創造性を発揮する展開を描きにくい。親が、何らかの創意工夫や試行錯誤を見せていると、子どもはそのようにならうだろう。

わが家では、家を造った。パソコンは組み立てたり修理をしたりする。パンやジャムやケーキやお菓子も手作りする。手打ちうどんも、ピザも。梅干しも梅シロップも。いろんなものをつくる。

次に大事なことは、道具と材料だ。わが家では、文房具をふんだんに購入し、いくらでも自由に使えるようにしてある。紙も、コピー用紙は当然だが、折り紙、画用紙、厚紙など、いろんなものを好きなだけ使って良い。大工道具は何でもある。ノコギリでも金づちでも何でも使って良い。木材の切れっ端や半端はいくらでもある。好きなだけ使って良い。まだまだ、電気パーツもまとめて買ってやった。豆電球50個、ソケット50個、モーター20個、電池ボックス20個、電線リール巻、スイッチ各種たくさん、こんな感じで、なんぼでも使って良い。豆電球はマジックで色を塗ると、カラフルな光となる。

以前の記事にも書いたが、パソコンを自作しているのでパーツが余る。それらを集めて子ども用パソコンを作り、3歳から各自に与えている。リサイクルパソコンなので好きなように使って良い。つぶしても良い。

わが家ではこのようなものを自由に無制限に与えたが、どこの家庭でも同じことができるわけではないだろう。逆に、わが家ではできないことが、他の家庭では可能だ、というものも多いだろう。あらゆるもの(道具、材料であって、完成品や製品ではない)を無制限に与えることなど現実的ではない。それぞれの家庭でできるジャンルが異なるはずだ。子どもは、親の可能なジャンル、可能な範囲に制約をうけるが、それでよいのではないか。どんなこと、どんなものからでも、創造性をはぐくむことはできるはずだ。

何かをしなければいけないというものはない。何もしなくても良い。何をするか決められた何かがあるわけではない。何かをするなら自分で考える。失敗しても良い。無駄になっても良い。うまくいかなくても「下手くそ」などと誰も言わない。一番悪いのは、親の余計な口出しだ。

このようにしていると、子どもたちはいろんなものをつくる。第二子以降はそもそもまったく保育園に行っていない。遊びを導かれるという経験をしていない。4人の子どもたちは、いろんなものをよくつくった。それぞれ個性があり、つくりたいものが違うが、思い思いにつくる。よくこんなことを思いつくなあと感心することもしばしばである。もちろん、失敗や無駄も非常に多い。ノープロブレム。あまり無駄が過ぎるとママは気になるようだが、なんとかこらえてもらった。

あれこれ工夫して試行錯誤しているときは、とくに楽しそうだ。

創造性といっても、芸術家に育てようというわけではない。受け身の生き方はしてほしくない、ということだ。つまり、自分の人生を自分で生きていってほしい。それがどんな人生であっても。自分の人生を誰からも決められず、自分で生きていってほしい。それはつまり、創造的な人生なのだ。会社に勤めたとしても、創造的に生きてほしい。仕事は決められたことをするかもしれない。決められたことをするさいにも、姿勢は創造的であってほしい。

そういうわけで、親としては、習い事は全く考えない。もし、子どもが何かを習いたいと言えば、もちろんできるだけさせてやりたい。習い事も創造的に、だ。子どもが何かを習いたいと言わなければ、親からはさせることはない。

そのぶんの投資は、別の方面へ振り向ける。これまで書いてきたように、絵本、図鑑をはじめとする本だ。それから、今回書いたような道具と材料だ。これらの投資は、金額としては、習い事よりも安いだろう。わが家は山の上なので日常的に図書館を利用しづらい。そこで、本を大量に買う。都会の家庭なら図書館を気軽に利用できるだろうから、本にお金をかけなくてもいいかもしれない。そうすると、経済的に余裕のない家庭でも、わが家のようなやり方なら、やっていけるのではないか。

もう一つの投資は、習い事よりうんと高くつく。親の時間だ。親の時間を、できるだけ子どもに振り向ける。読み聞かせはもちろんだが、子どもが本を読み出せば、本について子どもが話したがる。そこへ耳を傾ける。創造的な遊びをすれば、口は出さないがある程度見守る必要がある。道具は危ないものが多い。危ないから使わせないと考える親は多いだろう。私はあえて危ないものでもなるべく使わせる。そのぶん、知らん顔はできない。そっと見守る必要がある。ずっとついていては創造的にならないが、離れていても注意は怠らない。これは、時間というより、意識の問題かも知れない。

時間がありあまっている親はあまりいないだろう。わずかの時間、すき間の時間を、子どもに向けられるかどうか。努力をしても時間は増えない。意識のありようは無限に変えられる。無限は言い過ぎか。自分で思っているよりうんと余地があることは間違いない。意識をささいに変えるのは無料だ。大きな努力が必要なわけでもない。塵も積もれば山となる。子どもが中学生、高校生になる頃には、海抜ゼロメートルの低地と富士山ぐらいの差になる。塵をなめることなかれ。