昨年の12月に、約20年もの間使われていなかった私の自宅にあったアップライトピアノを校舎内の交流ラウンジに設置して、昼休みや放課後に生徒や教員たちに気楽に弾いて楽しんでもらっています。これを名付けて「駅ピアノ」「空港ピアノ」「街角ピアノ」に倣って「学校ピアノ」とでも言いましょうか。

 

 音楽は幼児から年寄りまで誰もが好きです。私たちは歌ったり聴いたり楽器を弾いたりと日常生活の中に音楽が溶け込んでいます。音楽は人の感性を磨き、人々の心を豊にするものです。音楽のある所は周囲の皆が笑顔であふれます。どうか、このピアノを誰でも自由に思う存分使って、余暇時間を楽しんでもらいたいと願っています。

 

ところで、子供の習性とでもいいますか、例えば子供に棒のような物を持たせると、振り回したり、何かを叩こうとします。以前、或るお家にお参りに行った時、仏壇の前に座ってお経を読み始めようとおリンを打つバチを持つと、そこへ突然3歳位の女の子が仏壇に向いて私の膝の上にちょこんと座ったのです。この子の目当ては私が手に持っているバチが欲しかったのです。そこで私はバチを手に持たせて「合図をしたらここを打ってね」と言って、この子は私の膝の上で最後まで勤めてくれました。その様子を終始見ていた三世代が揃った家族の人たちは皆が大喜びで笑顔いっぱいのひと時でした。

 

 不思議なことに、子供に白い紙と鉛筆を持たせると絵を描くか、何か文字らしきものを描きます。楽器があれば触って音を出してみたくなります。これが遊びの原点でないでしょうか。何れ年を経れば、自然と知恵がつき、上手くなりたいと思うことでしょう。私は学校の放課後などにラッパやピアノの音、生徒たちの歌声が消えると、その学校が退廃していく兆しの表れだと思っています。これからの小松大谷高校が皆が互いに元気よく挨拶を交わし、皆が笑顔一杯の素敵な学校であって欲しいと思います。

 

前住職の口癖

 

戦う前から神頼みとは、情ない 選挙戦