2022年8月27日 神奈川県川崎市多摩区登戸の登戸稲荷神社に参拝しました。
由緒
登戸鎮守稲荷社は、すでに江戸幕府編纂の「新編武蔵風土記稿」に村社として記載されており、現在のご社殿は、嘉永六年(1853)に再建されたものであります。当初のご社殿は茅葺であり、その為十数年毎に葺替えられておりました。昭和二十八年には瓦葺となって現在に至りました。
鳥居
拝殿
中備:龍
木鼻:龍
拝殿右面の脇障子:須佐之男命の八岐大蛇退治
八岐大蛇は毎年やって来て娘をひとり食べていた。今年もその時期になり櫛名田比売が生贄になるという。須佐之男命は八岐大蛇を退治するため、櫛名田比売の両親(足名椎、手名椎)に強い酒を8つ用意させ、八岐大蛇がくるのを待った。やがて八岐大蛇が現れ、門の前に置かれた酒を飲み始めた。そして、酔いが回り八岐大蛇が眠ったところで、須佐之男命は八岐大蛇を切りつけ退治した。大蛇の尾からは一振りの剣が現れ、須佐之男命はそれを「天叢雲の剣」と名付け、姉である天照大神へと献上した。
拝殿右面の脇障子(裏):団子を咥えた狐
拝殿左面の脇障子:大己貴命の大鷲退治
第8代孝元天皇の御代に大己貴命、少彦名命の二神が力をあわせ、能登の鹿渡浦で化鳥を退治し、邑知潟で大蛇を退治し、能登の国を平定したという。
拝殿左面の脇障子(裏):猿
本殿の右面:狐の鏝絵
本殿の左面:龍の鏝絵
拝殿の扉に獅子の彫刻4枚
拝殿の扉:獅子
拝殿の欄間に鳥や犀などの彫刻が8枚あります。
拝殿の欄間:鳥/犀
手挟:鷹
コメント:胴羽目彫刻はありませんが、向拝の龍や、脇障子の須佐之男命の八岐大蛇退治・大己貴命の大鷲退治は十分に見ごたえがあります。
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