2022年7月21日 埼玉県日高市下大谷沢の三嶋神社に参拝しました。
由緒
由緒書きなどは境内に見当たらない。
鳥居
拝殿
覆屋
本殿
右面の胴羽目:中国二十四孝 孟宗
中国三国時代、呉国に孟宗という親孝行の息子がいました。幼い頃に父を亡くし、高齢の母は重い病にかかっていました。彼は医者から母に新鮮な筍のスープを作るようにと言われました。時は冬、筍は春にならないと生えてきません。なす術もなく竹林に入った彼は、竹にすがって泣き出しました。すると大地が揺れ始め、地面がひび割れたかと思うと、数本の筍が生えてきました。大喜びした孟宗は筍を家に持ち帰り、筍のスープを母に飲ませまると、母の病気が治ったといいます。
左面の胴羽目:中国二十四孝 曾参
曾参はある時、薪を取りに山に行った。その留守中に曾参の親友が訪ねて来たが、年老いた母は家が貧しいのでもてなすことができず、母は考えた末に、自分の指を噛んで「曾参、急いで帰って来て」と願った。曾参は山で薪を拾っていたが、急に胸騒ぎがしたので急いで家に帰ってみると、母が事のいきさつを話してくれた。このように指を噛んだことが遠くにまで伝わるのは、親子の情けが深い証であるということです。
猩々
高風という親孝行な人物が、夢の告げに従って酒を商うと繁盛してお金持ちになりました。高風の店にいくら酒を飲んでも顔色の変わることがない不思議な客がいました。名を尋ねると海中に棲む猩々だと名乗りました。ある夜、高風は猩々と海岸で会う約束をしました。酒を持って海岸で猩々を待っていると、猩々が海中より現れます。そして、酒を飲み、無邪気に酒を讃える舞を舞います。猩々は酒のお礼として、高風に汲めども尽きぬ不思議な酒壺を授けたという。
右面の脇障子:柄杓を持った猩々
左面の脇障子:酒壺の横に座る猩々
背面に窓が無いため、背面の胴羽目の有無は確認できません。
コメント:彫刻の彫が深く、表情や動作も表現できていて、良い彫刻だと思います。窓の位置が脇障子や向拝柱の龍を見るには少し厳しい感じ。