昨日は、久しぶりの長野開催となった「ロックバンドおかん」のLIVEに参戦しようと南箕輪村まで飛んだ。どうも、「おかんファミリー」は日本地図が間違っているらしく(笑)、高速道路利用で1時間強の距離は全く苦にならなかったし、会場に入ってすぐに長野市近郊の皆さんはもちろん、新潟、群馬からの見慣れた顔に再会できた。それも楽しみのひとつ。

彼らとの出会いはもう4年前になるだろうか。

今年5回目が開催されると思うけれど、「あこがれ先生プロジェクト」のゲストとしてLIVEを見たことだったと思う。バンド名だけ見ると「なんじゃそりゃ」と思うけれど、ただ大音量でかき鳴らす訳ではなく、「君が好きだ~」と甘い愛を歌うわけでもない。自分の心や家族に対する思いに問いかける歌詞、MCに、初めて聞いたとき涙が止まらなかった。

ちょうど、家族のあり方について悩んでいるときだった。出会いは必然だったと思う。

 

今回のLIVEも素晴らしいものだった。

けれど、実は複雑な思いが交錯しながらの時間でもあった。

 

実は、この前日、主催者になって地元LIVEを開催する「はず」だった。

昨年は開催に漕ぎつけた。もちろん、多くの方に彼らのメッセージを届けたい気持ちもあった。けれども、たったひとり、もしかしたら卒業式を迎えられない子のために、卒業式の代わりに開催したい。それをどう言われても構わない。それだけだった。

振り返ってみればあまりにも無謀ではあった。目的は達せられたけれど、準備が全然足りなくて、会場は埋まらなかった。チケット代は会場費を払うだけで精一杯の額だった。

 

結果として、今年の開催は見送った。

ボク自身が、ボク自身の出来事で不安定さを示していたこともあった。すでに9月から準備は始めていたけれど、仲間から迷いや無謀さを見抜かれ、心配する声、はっきり反対する声も寄せられた。それでも、強引に進めようとした自分がいた。けれど、断念は正解だったと思う。

その悔しさもあった。

 

さらには曲に乗せられる、MCで伝えられるメッセージが、今のボクには負担だった。

読んでいただける方には誤解がないようにして欲しいけれど、本来は誰が聞いても気づきのあるバンドであることは間違いない。

けれど、彼ら「ロックバンドおかん」と出会ってからの時間に起こったこと、そして今の心境では、ボクにとっては痛い内容だった。彼らが悪いわけではない。

このメッセージを何度も聞いていたじゃないか。それなのに…。

ボクの力不足だ。できなかった自分自身を責める時間だった。

 

思い入れ、思い込みが強すぎることは、ボクの強みでもあり弱みでもある。

自分は再スタートするって決めたけれど、まだまだ覚悟が足りない、そう思う時間でもあった。

 

たまたま、いや、これも必然だったと思うけれど、そんな思いの中、ひとりで帰ってこなくてよかった。一緒に行ってくれた仲間がいて、少しずつ落ち込んだ気持ちを癒やせた。

 

少し、時間をおいたら、また彼ら「ロックバンドおかん」を聞きに行きたい。

そのときには、現状を受け入れて、彼らのメッセージも素直に受け取れる気持ちになって。