この春卒業を迎えた皆さん。本当におめでとうございます。
よく頑張りましたね。卒業を教室で迎える皆さんも、違う場所で迎える皆さんも、それぞれが過ごしてきた時間、経験に敬意を表します。
卒業、中でも卒業式には特別な思い入れがあります。
もちろん、大きな一区切りという意味もあります。けれど、ぜひ、自分にご褒美をあげて欲しい。
どうしても世の中は、って語る歳になり、立場になってしまったけれど、50分の授業、10分の休み時間、4時には終わる授業、長期休み。そんなものは社会に出ればありません。
1年ごとの再スタート。1年を3分割した学期。そして通知票。そんなものもありません。
けれど、それがどんなに守られていたかをこれから学んでいくことになるでしょう。
「もう一度できる」こと。そして「時間が限られている」こと。
そんな機会が与えられていることは、社会人になって振り返れば羨ましい限りです。
学校の授業で、そのまま社会に出て役立つことなんてほとんどありません。
授業で話しながら、「これ、どんなところに生きるんだろう」と考えながら進めることもあります。聞いている皆さんは、もっとそう感じたことでしょう。
本当はそんなことよりも、自分が生きてきた中での失敗談や、賭けてきたこと。そんなことを話しながら、聞いている皆さんが自分に当てはめてじっくり考えることの方がよっぽど大事だと思います。
真似をしろとか、立派になれとか、そんなことを言うつもりはありません。むしろ「あんな大人にだけはなりたくない」と反骨心を持ってくれた方が頼もしい。
けれど、立ち止まって、今の自分はこれでいいのか、なんて考える時間は、恐らく社会に出てからはありません。
だから、卒業式で語れること、最後のホームルームで語れること、去り際に声をかけられること。その言葉が、実は一番言いたかったこと。少なくともボクはそうでした。
そういう意味では離任式も好きでした。
前任校での話です。ボクのキャラは「アイドルヲタク」という立ち位置でした(笑)。
ちょうど、広瀬すずさん主演の「学校へのカイダン」というドラマが放送されているときでした。
離任式の壇上でボクが話した話を僭越ですがご紹介します。
「ボクは有村架純ちゃんのファンですが、広瀬すずちゃんも好きです。
けれど、すずちゃんは皆さんと同い年です。これは犯罪です。
それはともかく、彼女が出ていた「学校へのカイダン」というドラマを観た人も多いでしょう。
平凡な高校生が、コトバによって学校を変えていく。そんなドラマでした。
だから、最後に皆さんに、自分を変えていくコトバを託して、この学校を離れます。このコトバだけじゃなくて、多くのコトバを使いこなして、様々な場面で自分の想いを伝えてください。
皆さんに使って欲しいコトバは3つ。
「分かりません」「教えてください」「助けてください」です。
「分かりません」は「できません」じゃないよ。
やらないのはもってのほかだけど、やってもできないことだってある。けれど、世の中で一番嫌われることは、分かってないのに「分かったふり」をすることだと思います。
このコトバを恥ずかしがらないで堂々と使ってください。」
後で生徒に聞いたら、「結局広瀬すずのファンだって言いたかったんでしょ」って言われて(笑)ま、いいか、とも思ったけれど、伝わる人には伝わったと信じたい。
一方で、「卒業しても遊びに来いよ」と「もう学校なんか頼るなよ」とどちらがいいのか悩むときがあります。どちらの気持ちも分かります。
ボクはいつまでもお節介なので、「困ったらいつでも連絡しておいで」と話して送り出します。
こいつになんて二度と連絡を取るか、と思う子もいるでしょう。いいんです。卒業だから。
けれど、自己満足でしかないけれど、20余年も勤めていると、携帯が、メールが、たまたま顔を出したことが、命を繋ぐことにつながったことになったこともあります。
自立はひとりで生活できる力じゃない。もちろんそれも大切な力です。けれども、本当に困ったときには、家族でも、先生でも、もしかしたらお隣に住むあまり縁のない方でもいいから頼って欲しい。それが、命を繋ぐことになるのであれば。
伝えたいことは山ほどある。けれど、もしもひとつだけに絞るとしたら…。
そんなことが、思いが凝縮された日が卒業式、離任式だと思います。
教科書や先生方の話を全部心に留める必要なんてありません。けれど、何かひとつでも心に残る言葉、経験。それだけが引っかかってくれれば、3年間一緒に過ごした意味はあると思います。きっとその一言だけが大事じゃなくて、その前後にあった出来事や経験が、その人を輝かせるんだと思うけれど。
朝の通勤でときどき聞いていたラジオ。「ありがとう先生」
こんな一言で、人生の支えになったら、先生冥利に尽きます。
頑張った生徒さんも一区切り。本当におめでとうございます。
皆さんの未来に幸多きことを、心から祈ります。
ボクは残念ながら、自分の娘の卒業式に出ることが許されませんでした。
切ない思いで、その時間は、窓を開けば、すぐ近くの、娘が通う学校から聞こえてきた吹奏楽の演奏に思いを馳せたことを振り返るつもりでいます。あの中に、あの子の音が混じっているんだ。そんな気持ちを思い出しながら。
卒業式は、生徒にとっても、先生にとっても、そして家族にとっても思いの詰まった一日です。
素晴らしい思い出が刻まれますように。そして、新しいスタートの活力になりますように。




