最近、いろんなところで目にする、耳にする言葉がある。

「自立とは、なんでもひとりでやることではなく、周囲の力を借りながら生活していくことだ」

まさしくそう思う。

また思い出話で恐縮だが、両親には悪いけれど、ボクが高校生のとき、お世辞にも豊かな経済状況ではなかった。夏も冬も、学校に行くのに自転車で8分(下りを全力で走るので、クルマより早かった(笑))、帰宅に40分(めちゃくちゃ登り)の道をかよった。

冬は雪の中でも、バスを横目に自転車。道は凍結。同級生の中には凍結路面で大転倒して鼻を骨折した奴がいたっけ。

 

授業料は減免を受け、更に当時の日本育英会の奨学金を借りた。それでも高校に入ると各種積立金や教材費がかかる。捻出するために、学校で禁止されていたアルバイトを、部活や生徒会が終わった後にやった。

昼は弁当がなくて、生徒会室で時間を潰したこともあった。

そういう意味では、高校時代はたくましさを身につける時間だったかもしれない。

…ホントに「写真はイメージです」(笑)と注釈をつけたいが、高校を出てからの生活も、働きながら大学に行くことを決めたものの、学費を出しながらの生活はキツかった。だから、選んだのは職場の寮暮らし。寮費は確か月800円だったような(笑)。その代わり、となりの部屋とはベニア板一枚の4畳半。照明を消せば板の隙間からとなりの部屋の光が漏れる。そんな暮らしだった。ただ寝に帰るだけの寮生活だったけれど。

大学ではサークルには属していたけれど、ほとんど活動している時間はなかった。

同級生が眩しく見えたこともある。

 

そこで鍛えられたかは分からない。けれど、自立して、子どもどころか親を養える力が欲しいと思い続けていた。

一方で、実家からずっと離れた生活は、ひとりでなんとかしないと、という独立心もついたように思う。それはそれで大きな学びだったかもしれない。

どうしても経済的自立ばかりに目が行ってしまいがち。それはある意味正しいと思う。

高校を卒業して就職する際の求人票を目にするたびに思うのは、「これでどうやって生活するんだろう」ということだ。何度か求人票を見せて、「じゃ、これで1ヶ月生活するシミュレーションをするか」と提案して、完成させられた高校生はほとんどいない。

 

けれど、気づくのが遅いくらいだけど、自立=経済的自立「だけ」ではないと思う。

独立心は大事だけれど「どうにもならないこと」があるのが世の中。そのときに、相談する仲間がいて、相談先を持っていること、それこそ立派な自立だと思う。どうも、この部分を考える機会が学校という箱では機会がないに等しい。ボクもその視点に欠けていた。

 

せっかく胸膨らませて、ひとりで都会に出ていっても、体や心を壊して帰って来ざるを得なくなった子たちは後を絶たない。もったいない。もう少し早く「助けて!」と言えたなら、違う方法があったかもしれない。けれど、自立という言葉の呪縛があったかもしれない。

 

パラサイト(寄生)という言葉が流行った頃があった。いつまでも親がかりで生活することを揶揄した言葉だと理解している。少し前なら、強い批判の目で見ていた。それは今もボクの中にはあるけれど、今の厳しい社会情勢で、親以外の頼れる、もしかしたら逃げ込める存在があるということは本当に重要だと思う。寄りかかり過ぎは禁物だけど。

 

今日、長野は県立高校の合格発表。新しい生活の幕開けだ。

どうか、"自立"を学ぶ最後の時間として願わずにはいられない。

 

じゃ、お前はどうなんだと振り返ってみれば、この歳になって、学んだつもりのハングリー精神なんて吹き飛ぶほど孤立感の中で時間を過ごしてきた。それでも生きて来られたのは、ときに厳しい言葉を浴びせられるようなこともあったけれど、支えてくれる仲間がいたからだ。

 

ひとりで立っているつもりでも、見えない形で支えられていることを忘れたくない。改めて自立を考える時間でもあった。経済的自立も大事。けれど、精神的な自立も大事。完全ではないけれど、それを学び直し、気づく時間を過ごしたと思う。