圧倒的に情緒に浸る派、なんですが、そうは言っても、昨日という日が終わらなければいいのに、今日という日がこなければいいのに、ってこんなに思ったことはありません。

 

今朝も起きて早々に、自分の母校の看板が取り外されたfacebookの投稿を見て、外されることは知っていたし、分かってもいたし、けれどもやっぱり切ない気持ちになりました。

 

昨日は本当にいろんな思いが去来する一日でした。

 

中学校の卒業式は、長野では今年、3月15日から17日が多くて、地元の中学校は15日は卒業式でした。残念ながら、卒業式の参列は叶いませんでした。

地方の長野はケーブルテレビが各地区にあります。電波が届かない訳じゃないよ(笑)。

その中で地元の学校の卒業式が放送されますが、奇しくも年度の最後、昨日が地元中学校の卒業式が放映された日でもありました。

 

僅かではあるけれど、式の雰囲気は伝わり、個人的だけれど、どうしても目に焼き付けておきたかった姿を見ることもできました。こんな変則的な形だけど、よく頑張ったね、って画面に呟きながら。

式辞は何回聞いても、どうしてもっと印象に残る話を手短にできないものかな、と思いながら職業柄何度も聞いています。けれども、昨日の放送で、「プロセスを大事にしなさい」という言葉がとても印象に残りました。

 

どうしても結果にばかり目が行くし、もちろんよい結果は欲しい。

けれどよい結果が得られなかったとしても、そこに向かってしてきた努力の積み重ね、流した涙、日々の出来事に、ムダなことなんて何一つない。

 

昨日の順延で、今日、甲子園でも選抜の決勝戦が行われるそうですね。

4000校を超える参加校の頂点が決まります。

日本一になる、しかも全国から注目を集める大会で。

どちらが勝っても素晴らしい「結果」です。

じゃ、負けた学校は、それまでやってきたことは無意味か。そんなことはない。みんな優勝を夢見ながら、ときには「絶対に無理」とか思いながら、練習を続けてきたはず。

 

当たり前の話なんだけれど、トーナメントで戦われる試合で、一度も負けなかったら優勝ですよね。けれども、散っていった学校も、負けたのは一度だけ。たった一度だけ。そう考えると、結果なんて紙一重の差で立場が変わっていたかもしれない、って思います。

努力は嘘をつかない、継続は力なり…。プロセスを称える素晴らしい言葉はいくつもあるけれど、確かにそれはそれでやはり意味があること。

けれど、どうしてもうまくいかないこともある。

何か一筋に打ち込むことも素晴らしい。一方で、途中で迷ったり、悩んだり、苦しかったりだってある。それも当たり前。だって、時間の過ごし方なんて無数にあるんだもの。

 

少し前までなら「最後までやり遂げなさい」って言っていたと思います。

今は「十代はお試し期間だから迷えばいい。やめたっていい。今はお試し期間だから、いろいろやってみればいい。」と伝えることにしています。

もちろん初志貫徹は素晴らしいけれど、「合わない」と思いつつ無理をして心を病むくらいなら「次行ってみよう!」って言ってあげたいし、思って欲しい。

そこで迷ったことは、形にはならないけれど、大きな、大きな財産になっていくと思います。

成功した人が味わえない「悔しさ」を、自分のものにしたんだから。

放送が終わってすぐに、学籍上最後の中学生の身分となるんだよな、ってふと思って多分通ったであろう通学路を踏みしめながら校舎の前に立ってみました。

もちろん生徒の姿もなく、先生の姿もなかったけれど、もう一度だけ校舎を眺めて、それに意味がない、と思いつつ、深く頭を下げてきました。「ありがとうございました」って。

 

偉そうなことは言えないけれど、学びはどこでも、何からでも得られます。

すぐに気づかないかもしれません。使えないかもしれません。けれど、悩みながら、苦しみながら、過ごした時間には必ず意味がある。苦しかったこと、悲しかったこと、耐えたことばかりだったことも容易に想像できる。

 

どうか、そんな日々の積み重ねを大事にして欲しいし、ボクもそうでありたい、と改めて思いました。自分という存在が完成するなんて、一生かかってもないからね。

中学校生活は終わったけれど、ここからまた積み重ねていこう。ボクも頑張るぜ。