昨日は各地で行事が目白押し。

さて、どこから参加していくかな、なんて考えていたけれど、どっと疲れが出たのか、自宅に寄って少し休んでから出発しようと思っていたら、そのまま寝落ち…。

 

今朝目が覚めて、facebookの投稿を見ながら、皆さん充実した時間を過ごしたんだなって思う反面、自分は何をやってたんだろう?って自己嫌悪にも陥りました。

ボクが知らなかっただけなんだろうけど、ものすごく大きなイベントもある中で、地域の小さなイベントもたくさんあって、SNSや口コミも駆使されて、交流が図られていることって、とてもステキなことだと思います。

 

以前なら、ホントに知り合いだけのフリマで、人もあまり集まらなくて…とか、保育園の行事で…とか、そんな感じだったような気がするんだけれど、趣味を活かして、小さなお店を出して、そのお店自体がどんどん成長していったり、横につながりを持っていったり。

コミュニティができていくことって、これもまたステキなことだな、って思います。

プライバシーだとか、「個」が重視される中で、横のつながりがどんどん希薄になっていくことに不安を感じていたのですが、また見直されてきているような気がしていいことじゃん、と思いつつ、ボク自身がどこにも属していない不安感を、ふと感じました。

 

群れをなす、という意味はありません。

これはボク自身の課題なんだけれど、「自分の自由に生きられるんだよ」という励ましに、「自由ってなんだろう?」という基本が分かっていないことに、また焦りや寂しさを感じています。

 

イベントを所属だ、なんていったら怒られるかもしれないけれど、いろんなところを覗きに行けたりできることもステキだし、強制されるわけでもないこともステキ。けれど、急に回りにいたはずの人たちが変わっていくことには大きな不安を感じています。

 

今までなら、どんどん新しい人間関係の構築に積極的だったのに、急にモチベーションが下がって、傍観者になってしまった。そんな感じ。

「マズローの5段階欲求」なんてふと思い出してみたりして、あー、だから自己承認にまで届かないんだ、なんて変な納得をしてみたり。

そんな中で、昨日、家のお隣さんと長々と立ち話できたことって、すごくよかった。

ちょっと風が吹いてきて、気温も低かったこともあって、もう少し聞きたい、話したい、って思いながら退散してきてしまったのは残念だけど。

 

お隣さんの様子も、実はとても気にしていたんです。

もうずいぶん前にご不幸があって、以来奥さんを見かけることがばったり減って、かといってあまりお節介もどうかと思っていたんです。

逆に、お隣さんもずいぶん心配してくれていたようです。でも、考えていたことは同じで、お節介できないし、いろいろ聞くわけにもいかないし。

 

それがいいかどうかは分からないけど、子ども時代に向こう5軒まで、窓づたいに渡り歩けるような環境の、しかも商店街で育ったボクにとっては、個は大事だけれど、毎日顔を合わせながら、自治会の集まりでもろくに話もできない、しない状況には違和感を感じていたんです。

 

何が正しいか、何がいいのかは分かりません。

けれど、少なくともボクは、強制されるわけではなく、緩いコミュニティがいくつもあって、そこの中にいるという安心感は重要な気がするんです。

特に、ピンチを感じたときなんてなおさら。

今まで飛び込んでいったコミュニティと太くつながるか、再構築するかは迷うけれど、なんとなく、例え緩くても「ひとりじゃないんだ」って思えるところにつながっているのは、やっぱり安心につながるのかな、なんて思ったりした一日でした。

ボクにとって、何がいいのかはこれから探していきます。