今日、明日、地元では入学式が挙行されるところが多いはずです。

ボクの職場では明日。昨日は初めての職員会や担当の打ち合わせがありました。

 

ブログを覗いてくださるボクをご存じの方は、知っている方も多いと思いますが、ここ4年間ほどを切り取って考えると、3分の1はお休みをいただいていました。

普通ならクビですよ。一方で、辞めることも考えた。

けれど、この仕事がやっぱり好きで、そして生きていくために、職場に戻ることを決めました。

 

で、ようやく今年の分担が発表された昨日。

配られたプリントに、ボクの名前はほとんどありませんでした。担当できることが、ほぼない。

そりゃそうだ。そこにどんな事情があろうとも、全部を知っているのはボクだけだし、休んだ3分の1は連続でない分、「いつ休むか分からない」って職場が不安を持つのは当然。

「大丈夫なんだよ!」「やらせてくれよ!」「任せてくれよ!」

そう言いたいのをグッと呑み込んだ1日を過ごしました。

 

もちろん当日の会議で決めるために、空白になっているポストもあります。

その中には、ずっと自分がやってきた、専門としてきた仕事もありました。

なかなか決まらず、思わず手を挙げてみたものの、「じゃ、ここは今年はオレがやります」って担当が自分に回ってくることはありませんでした。

27年目になったこの職場で、初めてそのポストから外れることが決まった、新年度の初日でした。モチベーションなんて吹き飛ぶような、悔しい時間だけが過ぎていきました。

ボクの専門は回れる職場が少ないので、古くから知っている同僚はたくさんいます。

もちろん今までは地域が離れていて、今まで付き合いの薄かった方もいるけれど。

だから、何校も一緒になって、事情をだいたい分かっている方もいてくれます。

 

そんな同僚に、会議が終わって、率直な気持ちを打ち明けました。

「今年はしょうがないよ。1年やり切った姿を見せようよ。」

…分かっていて戻ってきたつもりだったけれど、話しながら涙が止まらなかった。

4年前か。ドクターに言われたことがあります。

「仕事があるだけましだと思いなさい。」

けれど、食べていくだけの仕事をしたいとは思わないんです。

自分でやり甲斐を感じることをやって生きていきたい。

だからこそ、言い訳しながら生きていくのも嫌だ。

 

昨日は帰りのクルマの中で、「明日は来たくない」って初めて思いました。

そして「なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだ!」ってハンドルを叩いて、やっぱり涙があふれて。

完全に負の思考の連鎖です。

 

けれど、ここで1年東京に通って学んできたマインドフルネス。

そして、支えてもらってきた、出逢ってもらえた、たくさんの仲間に気づかせてもらった、

「自分を認める」。

 

「悲しいんだよ」「悔しいんだよ」

ただそれを認めるだけ。

今朝は、「よしっ、今日も行こう!」ってことだけ決めました。

こういう感情の蓄積があって、溜まりに溜まって、思わぬ方向へ噴き出してきたんだ。

まだ溜めない方法は、逃がす方法はみつからないけれど、それも現時点の自分。

 

ブログは思ったことを吐き出すために始めたし、その先にあって欲しい願いはタイトルにもしました。悔しいけれど事実は事実。それは変わらない。起こっていることも変わらない。

けれど、昨日持った感情は、今日から出逢う人にとっては関係のない話なんです。

 

不機嫌な顔して「よう、久し振り!」なんて言えないから、ここは頑張りどころだ。

客観的に見えている自分と、ホントは分かって欲しい自分。

笑っていたい自分と、本当は泣きたい自分。

行ったり来たりだけれど、その状態にも今は気付けている。

投げ出すのはいつでもできる。行けるところまで行ってみよう。

今日はそれだけ。

それだけ、の積み重ねが始まります。これも天から試されていることなんだろうな。