今年は1月に右乳がんを全摘し、遺伝子検査もろもろ色々やって抗がん剤はなし。




抗がん剤がなしとなったので、今までと同様の生活を送ることが出来ました。





今年は子どもの就学を普通級にするのか、支援級にするのか。とっても悩んだ1年になりました。





38歳で癌になったことをきっかけに、自分の中で『いや、今生きてる。元気。生きてたらなんとかなる』そんなふうに物事を捉えるようになって、子どもの就学先も無理していいことない。






体も元気。心も元気。それが1番何よりも大切。と考えるようになり。




就学相談の結果、支援級が望ましいとお手紙がきてから、それならやっぱり支援級でいちから始めよう。そんなふうに思い至ることになりました。




支援級にはいったら、縦割りになり、小1から3年のメンバー3人に1人の先生の割合で国語、算数の授業を受けていく。



他は状況を見ながら、普通級35人の中に入って活動。




同じ幼稚園からは、普通級に1人。

ひとつ上に支援級在籍の幼稚園のお友達もいる。




支援級に入ったら、色んな発達の子が集まっていると思う。



この幼稚園年長では、困ったことがあったらお友達か先生に相談する。

気持ちの切り替えを自分なりにする。

無理そうなことも頑張って、そしてやり遂げる。




自分の気持ちを言葉にして伝える。

相手はどんなふうに思っているかな?

そんなところまで気持ちがいくといいなぁという保育目標で、担任の先生は関わっているとこの冬の懇談でお話がありました。





冬の懇談では、次女ぽのちゃんの就学はもうなんの不安も心配もない。


最近になって、小3のお姉ちゃんの方の絶対にやってやる!という強い気持ち。自分は頑張っているという認める力、頑丈な体が、幼稚園の頃育ってなかった、、、、




バス登園、給食、3年保育で私立の幼稚園を選んでしまったがため、どうしてもっと色々幼稚園を探さなかったのか。





漢字の朗読、おはじきで数を数える、英語の授業、年長ではマーチングにクリスマスは主の誕生劇。




今のわたしなら、いらんいらんいらん。そんなもん就学前にいらん。小学校入ったら、いやでも座学がある。

そんなん放り投げて、お天気が良ければお外を走り回り、興味のあることを一生懸命にやる。



お友達が泣いてたら、どうしたんだろう?と優しい気持ちをもつ。





もうそれで充分に幼児期は育っている。






担任の先生には、そんなふうに気付けてるんだから、ここからまた違うんでない?

普通、気付かないよ。気付かないことの方がほとんどだよ。




先生も、療育の現場にいたからか、ほとんど子どもらに指示したり、こうした方がいいんじゃない?とか怒ってるところもほとんど見たことない。





子どもらのことを信じて、いつも待ってくれている。


そんな先生。








話はかわって、今年はやっと、M1をリアルタイムで決勝を見ることが出来た。


子どもが生まれてからはいつもYahooニュースで優勝が誰か知るくらいで。





やっと夜の自分時間がとれるようになってきたかな。





子どもが生まれて9年。


長かったかなぁ?いや、あっという間だったかも。










↓乳がん術直後から肌に優しい下着。こちらは今も生理中とかブラがしんどい時は変わらず愛用中。








↓術後から手術した側の手がめちゃ冷える。外出時は今も毎日使っている。手首、首、足首の3首を冷やさない様に。







↓傷の表面が乾いて瘡蓋になってきたら、こちら。傷がどこかに当たる痛さも和らぐ。ケロイドになりかけから使っても綺麗に落ち着いた。








↓レディケアはとても良いんだけど、とにかく高い。傷が落ち着いてきたら、こちらのアトファインにするとよい。アトファインは縫い始めと縫い終わりのポコっとしたところをたいらにしてくれた。アトピー肌なので1ヶ月くらいしか使えなかった。







↓術後10ヶ月からこちらのブラを愛用。先生もブラはそろそろ着用した方がいいって。