
披露宴の中座などで、お二人のプロフィールムービーを見る事があります。
幸せいっぱいのお二人のなれそめや、
小さい頃から変わらない笑顔などみることができて僕もほっこりしていたりします。
そういった映像も写真に撮ったりしているので、
先日も撮影していたのですが、
撮影をしていたらどこかでみた顔がそこにはありました。
4年前に亡くなった僕の叔母の姿でした。
新婦さんは看護師さんで、叔母の勤めていた病院のチームで働いていたそうなのです。
どうやら看護学校を出てから手取り足取りしごかれたそうです(´Д`)
「でもOさんがいなかったら、大切なこともこの仕事の重要さを忘れてしまったかも知れません」
「Oさんのおいっ子さんだったとは…」
何とも奇遇なことに僕もビックリです。
聞くところによると叔母は千葉県では知る人ぞ知る有名な看護士だったようです。
とにかく酒癖が悪かったので、酒癖で有名なのかと思ったら、
看護技術はしかり、若手の教育に対しても、医師相手の戦いにも邁進して有名だったそうです。
先日成田の大学病院に行ったときも、そんな話を聞きました。
ふと叔母の話をすることがあって、話をしたのですが、
「Oさんのおかげでここまでなれたんですよ!」って笑顔で話してくれました。
社交辞令かと思ったのですが、
話も具体的で看護師さんの笑顔を見る限りはすごい人だったんだなあと、感じました。
そういえば亡くなったときに大きい病院の院長などから電報が届いていた覚えがあります。
酒癖が悪くてよく絡まれていたので、そうとは今でも思えないんですけどね('A`)
でもそういえば、小さい頃に泊まりに行ったときに環境が変わって寝られない僕を、
一晩中ずっと肩をさすってくれていた覚えがあります。
それが看護師としての真の姿だったのかも知れませんね。
そんな叔母ですが、看護中の手違いで患者さんから肝炎がうつってしまって、
長い療養の末、病床に伏し息を引き取りました。
手違いで感染してしまったことを悔いないで、
「この仕事をしているんだから仕方ない、怖がっていたら何も出来ない」
とベットの上で言っていた言葉を思い出します。
亡くなった後も今後に役立てればと「病理解剖をして」と笑顔で言ったことも思い出します。
医療のプロとして邁進していた証拠なのかもですね。
画家、音楽家など死後その人の大きさを感じることはありますが、
身内でそう感じるとは思いもしませんでした。
「あいつのダジャレは本当に寒い、寒すぎた」
僕もそんな風に語り継がれるようにこれからも邁進していきたいと思います。
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