
私は太海に向かった。そこは、千葉の外房にある、小さな漁港だ。
一般的には、さほど有名な場所ではないかもしれない。だが私にとっては、長年特別な場所であり続けた。それには当然理由がある。
私の敬愛する漫画家、つげ義春先生の作品のゆかりの場所だからだ。
つげ先生の名作といえば、「ゲンセンカン主人」「海辺の叙景」「初茸がり」「無能の人」などいくつもの作品があげられるが、なんといってもつげ先生の代表作といえば、多くの人が「ねじ式」という作品名をあげるだろう。
いわば、先生の名刺代わりのような作品である。
で、太海は、その「ねじ式」の舞台とされている場所なのだ。
ねじ式は、個性的で独自の作風を誇るつげ作品の中でも、とりわけ異色な作品だ。
つげ作品には旅系の劇画やイラストやエッセイが多数にあり、つげ作品には旅は切っても切り離せない。
私はこれまで、つげ作品に出てくる場所にあちこち旅行してきている。HP「時代屋小歌」の中で、「つげ義春の旅をゆく」シリーズとして、つげ作品の舞台になった旅先の旅行記を、これまで何編も書いてきている。
だが、つげ作品の代表作「ねじ式」の舞台とされている太海には、まだ行ったことがなかった。なので、いつも気になっていた。
いつか行かなくては・・と思いながらも、他につげ作品ゆかりの場所が多数にあるものだから、なぜか後回しになっていたのだが、「ねじ式」がつげ作品の代表的な作品であることを考えれば、もっと早く行っておくべきだった気はしている。
東京から太海に行くには、東京ディズニーランドに行く路線と同じ路線を行くことになる。
特急「わかしお」は京葉線の線路を走り、途中「舞浜」を通り過ぎて、房総半島をつっきって、一路外房に向かう。
千葉はこれまで私は、幼い頃は親と、学生時代は友人と、そして社会人になって趣味でバンド活動してた時はバンド仲間と、何度も私は訪れている。
千葉は、平野が広がり、たとえ山があっても決して高くない。
舞浜方面を離れれば離れるほど、高い建物は少なくなり、空が広く広がっている。
そんな環境に太陽の光が降り注ぐと、すごく穏やかな空気を感じられる。千葉のそんな点が私は好きだ。
民家が木造で古臭ければ古臭いほど、なおさらその穏やかさは強く感じる。
実はこの日、太海に行く前に、大原で一時降りることも考えた。
太海がつげ作品ゆかりの場所であるのは確かだが、太海に行く途中の大原もまた、つげ作品のゆかりの場所だからだ。
それは「海辺の叙景」という作品がそうだ。「海辺の叙景」は大原が舞台である。そのこともあり、作品に出てくる大原の浜辺や八幡岬などにも行ってみようかと思ったのだ。
だが、それは次回にまわすことにした。
というのは、大原からは、いすみ鉄道に乗り換えれば「大多喜」という場所にも行くことができる。「大多喜」もまた、つげ先生ゆかりの場所。
「初茸がり」という作品に、大きな振り子時計が出てくる。その時計は、「大多喜」にある某宿にあった時計がモデルらしい。ちなみにその某宿は、今はもう宿としての営業はしていない。だが、まだ建物は残されているようなので、外観だけでも見ておきたい。
そこは、若いころに、つげ義春先生と、白土三平先生が共に滞在した宿でもある。
太海、大原、大多喜の3か所をまわるとなると、1泊の日程の旅行だと、ちときつい。
なので、大原と大多喜は1セットにして、また別の機会に行くことにする。
太海とは切り離して。
電車は、途中「行川アイランド」の駅を通った。行川アイランドは・・子供の頃・・・・行ったことがあるような。
だが、今はもう行川アイランドの駅は人っけがなく、ランドに向かうルートは閉鎖され、廃墟っぽくなっていた。
行川アイランドは・・・とうになくなっていたのだね。栄華盛衰・・・。
特急「わかしお」は、のどかな田園風景の中を進み、進行方向左側に海が見えるようになれば、終点「安房鴨川駅」はもう近い。
やがて、「わかしお」の終点「安房鴨川駅」に着いた。

「太海」は、安房鴨川駅で内房線に乗り換えて、たった1駅だ。
安房鴨川駅で乗り換えた内房線は、ほんの数分で「太海駅」に着いた。
大した距離ではないようだ。

私を降ろすと、内房線はのどかに行ってしまった。

安房鴨川駅周辺は、それなりに開けているように感じたが、太海駅周辺は違う。静かだ。
思った通り、太海駅は小さい駅舎だ。降りる人も少ない。
駅舎を出てみても、人っけはなかった。
でも、「ねじ式」の舞台だもの、かえってそれぐらいのほうがふさわしくも思えた。

駅舎を出て少し歩くと、とうに営業をやめた古い店が、廃墟のようなたたずまいで無言で放置されていた。昭和の匂いを感じた。それは、私がつげ作品に出てくる昭和の風景が好きだからかもしれない。
さて・・・
ついにやってきたぞ。「ねじ式」の海、太海に。

↑ 太海駅近くの道路。人っけがなかったし、静かであった。