幼稚園の頃。

昼飯は弁当だった。

私は弁当箱をふろしきみたいなもので包んで持たされていた・・ように思う。

ある日、幼稚園で昼食の時間になり。

ふろしきをあけて弁当箱を出そうとした時・・・

私の、ふろしきの開け方が悪かったのか、弁当箱を床に落としてしまったことがある。

もちろん、まだ一口も食べていないのに、弁当箱はさかさまになった状態で落下し、弁当の中身が床に散乱したのであった。

その瞬間。

その日自分は昼食抜きになるのだと思い、号泣した覚えがある。

ただただ絶望的な気持ちになった。それこそ、この世の終わりのような気がした。

幼稚園児だからして、お金などは持っていない。だから、台無しになった弁当の代わりに、何か昼食を買う・・・という選択肢は無かった。

弁当の中身が床に散乱した時、頭の中が真っ白になったのは覚えている。

なすすべもなかった。打つ手はなかった。

ともかく条件反射のように・・・泣くしかなかった・・と思う。

 

結局その時は・・・幼稚園の先生が、号泣する私にかけよって、肩を抱き、顔をちかづけてあやしてくれた。

そして、「先生のお弁当を半分あげるから、大丈夫ですよ」と言ってくれたのを覚えている。

先生は大人だ。なので、弁当の量は、子供弁当よりも多い。

なので、大人弁当の半分をもらえただけでも、幼稚園児だった私には、それなりにちゃんと昼食になった・・と思う。

先生のその心づかいを聞いて・・・きっと私は泣きやんだのだろうが、そのへんはよく覚えていない。

もしも、先生がそういうことを言ってくれたのに私が泣きやむのをやめなかったら、今の自分としては幼稚園児の自分に喝を入れたい・・というか、叱りつけたい(笑)。

 

ただ、その後、そのことを思い出すと、その時の先生は、昼食が半分になってしまったことになる。

先生は園児の私にそのことは一言も言わなかったが、それだけに後になってその時のことを思い出すと、先生に申し訳ないやら、感謝するやら。その優しさに。

私は小学校時代は先生に対して良い記憶は少ないのだが、幼稚園の時の先生には私はけっこう慕っていたと思う。

それは・・その弁当の記憶が大きいからなのだろうな・・。

 

巷では「食べ物のうらみは恐ろしい」などと言われることがあるが、それは逆も成り立つのだ。

「食べ物の感謝は、大きい」のだ。

特にそれが窮地に陥った時であればあるほど。しかも、子供の時の記憶であれば、なおさら。

 

幼稚園時代と言えば、私にとってもう数十年も前。

その時のK先生は・・・多分30代中ごろから40代前半ぐらいの年齢だったはず。女性だ。

まだご健在なのだろうか。

というか、ご健在であってほしい。

 

ちなみに、その幼稚園は、もう無い。

園の建物は半分はまだ残っているが、閉鎖され使われていない。

もはや誰にも遊んでもらえなくなった遊具が、ひっそりと残されて、幼稚園が現役であったころの名残をしのばせているだけだ。

 そして、その近くを通る人は、何事もなかったかのように、あるいはその遊具など気にもとめずに、行き過ぎてゆく。

 

 

ところで・・

 

学校時代に、食べる前に弁当箱をひっくり返したり、落としたりしてしまって、昼飯がなくなってしまった経験がある方って・・・いるだろうか。私みたいに(笑)。