夜7時頃、会社の裏口付近でコオロギの鳴き声がした。

コオロギの鳴き声を聞くと「秋だなあ」と思う。

実際には、夏の夜にもコオロギの鳴き声は聞こえたりしてるのだが、夏はなんといってもセミがいる。

セミは、街に響き渡るように鳴いているし、派手だ。

その点、コオロギは、地面の片隅でひっそり鳴いている感じがする。
周りに響いていないこともないのだが、セミの派手さの比ではない。

なので夏にコオロギが鳴いても、セミの存在感に打ち消されている感がある。

だが、こうして秋が深まっていき、季節はずれのセミさえもいなくなった今、コオロギの鳴き声にしみじみ耳をすましてしまうようになっている。

コオロギの鳴き声とセミの鳴き声は、そのまま季節の音であり、季節の性格を表しているように思えることがある。

「派手」な夏、「しみじみ」とした秋・・とでも言おうか。


コオロギは闇にまぎれている。
どこにいるのかは、すぐには分からなかったりする。

このへんにいるのかな・・と思って鳴き声のする方面に少し歩を進めて立ち止まってみると、いつのまにか鳴き声は、私がいた元の場所方面から聞こえていたりする。
まるで、分身の術でも使ったか、瞬間移動でもしたかのようだ(笑)。

コオロギの鳴き声に耳をすます時、過ぎ去った夏への「心の距離感」は遠く、今あたりを包んでいる秋の中に自分がいることをしみじみ感じる。

こうして時は過ぎていっている。

やがてくる冬、その音はなんだろう。

雪が冬の象徴だとするなら、無音・・・もしくは雪が屋根から落ちるドサッという音だろうか。