大浦天主堂に着くと、

雨が降ってきた。

拝観開始時間すぐの

教会に人の姿はなく

入り口で見守る係の老人は

咳一つ、

物音をたてないものだから

僕のロッキンホースの音だけが、

古い教会に粗雑に

歩くと、どうやったって

響くのが申し訳なかった。

 

 

だから最小限にしか移動しない。

遠くからカルラドルをただ、

見詰めていると、

緑色のステンドグラスが若干、

暗くなったように思えた。

 

驟雨の為であったことに

しばらくは気付かなかった。

耳の向こうに

微かにノイズが響き始めた気が

していたけれども、それは、

祈りの空耳であろうと思っていた。

 

別に訪ねようと思って

来た訳ではない。

今回のボルタンスキー展の

最後の会場となる長崎県美術館へ

来る目的で夜行バスに乗り、

開館までどこにも行く場所がなく

仕方なし、来ただけだ。

教会なら朝の8時からひらいている。

 

 

母と喧嘩をした。

長崎まで

展覧会に行くのだというと

道楽も大概にしろといわれた。

今年、2月から大阪で、

6月から東京で行われた

ボルタンスキーの展覧会の両方に

僕が行っているのを知っているし、

同じものを何故、

わざわざ観る必要がある?

インスタレーションが何かを

説明しても母が解る筈もない。

 

 

バスを使い

路銀は最小限に済ませるのだから

半ば強引に家を出た。

作家として食べられるだけの

稼ぎを得られるに回復してはいない。

家に金を入れられるようになれば

諍いを起こさずともよいものを……。

 

教会の外に出るとまだ、

雨が降っていた。

やみそうだったので

坂道を下り

市街の方へ足を戻すことにしたが

また少し強く降り出したので

近くのYMCAを

雨宿り先として借りた。

ロビーの自動販売機で、

ジュースを買う。

 

「観光の方ですか?」

「ええ」

「天主堂をご覧に?」

 

話し掛けてくれる職員の

人にそうではないというのも

憚れるので話を合わせる。

 

「ここの辺は山ですからね。

案外と天気が不安定なんですよ」

 

――フランシスコがおいでになった日も。

 

 

職員は今年、来日したローマ法王の

ことを語り始めた。

 

そうか、今年は

ボルタンスキーだけでなく、

ローマ法皇も来日をしたのだった。

僕は礼をいってYMCAを出た。

もう雨はやんでいたし、

美術館の前まで行って待っても

時間を持て余す

というほどではなかったので。

 

嶽本野ばら 2019.12.30