久々の小説ということでか

盛り上がるところでは

盛り上がってくれているようで

本当に嬉しいです。

 

デビューの頃を、思い出す。

 

文芸誌の新人賞をとったでもなく

急にボウフラのように沸いてきた

僕の小説としての処女作

『ミシン』が発売と同時に

一部で急速に売れたのは、

その前にインディペンデントとして上梓した

『それいぬ』をひそかに愛してくれていた

書店の店員さんや、小さなメディア、

そして読者の人達が、

ものすごいエールを送ってくれたからでした。

 

パルコブックセンターや

青山ブックセンターでのみ

ベストセラーという変な本。

 

熱心な書店員さんが勝手に自分で

野ばら棚というものを作ってしまったりして、

試しにサイン会をやってみたら

アホほど、人が集まった。

どのようなきっかけか忘れたけど

一緒に写真を撮ってもいいことになって

ハグとかもするようになった。

 

『下妻物語』前後には

ロリータが大挙するサイン会として

有名になっており

それをめあてに訪れる不純なオッサンが

ちらほら現れたりもしたのだけれど、

いざ、会場に来てみると異常な熱に

気後れしてしまうのでしょう

大抵が、こそっと姿を消してしまいました。

 

もうデビューから随分と経ったけれども

いわゆる文芸という閉ざされた世界に於いて

僕はほとんど認められていません。

 

それを悔しいと思わないのは

誰がずっと待っていてくれて

誰が大切に思い続けていてくれて、

誰が僕の本を

特別な場所に置いてくれているのかを

知っているから。

 

何度も読み直したが明白の

ボロボロの本に

ごめんなさい、こんなにしてしまってと

泣きそうになりながら

サインを求められる時、

僕の方が泣きそうですよ。

なんでこんな変な人の書くものを

そんなに一生懸命に扱ってくれるのか……。

 

今回、どこかあの頃に似ているな――と思う。

当時はまだHPすら最先端、

検索サイトなぞヤフーしか使わなかったから

僕らが置かれている状況は

とても変わったのだけれども

(当然、アメブロなぞないのだ)

その中で、誰がこちらを向いていて

誰が走って駆け寄ってきてくれているのか

はっきりと、観える気がする。

 

SNSに足跡を残さずとも

横にいる君のことが、僕には解るんだよ。

遠かったりすると

当然、サイン会になぞ来られないし、

お小遣いが少ないと本を買う優先順位も下がるから

すぐに読めないのを、

だから、君は気にしなくてもいいんです。

 

読むまでに10年掛かっちゃいました。

すっかりとお婆さんですよ、

構わないさ、僕だってもうお爺さんなんだから。

老人同士でハグしあうのは

なかなか微笑ましい光景だろうし、

もはや20年以上着ていないロリ服を着てくる

皺だらけの君は、結構、可愛い。

 

僕の知らないところでも

送られているエール。

君は僕の本を持って体重計に乗るから

本の分だけ、デブになる。

僕の肩には君の生き霊が取り付いているから

体重計に乗れば、僕の体重は君の分だけ多少、かさむ。

 

軽いけれど、

不必要にかかわらず

かさばってしまうものだとしても

スカートの下に仕込むか否かで

世界が変わることを知っているから

パニエを大事に扱うように、

僕たちは、もう一つの重量を手放さない。

 

服としても、下着としても

パニエが正当に認められる未来などこないさ。

それをまるで腹立たしく思わないのと

同じですよ。

僕らは勝手に最高のパニエに就いて話し合う。

研究し、涙ぐましい努力もする。

 

どこかの本屋さんが

区分けとして

文芸、エンターテイメント、趣味の本、パニエ

というようにしていたならば、

パニエの棚に自分の本がないと怒るでしょうがね。

文芸に置かれていても移し替えるでしょうがね。

 

4センチの白いパニエ。

ちなみに『ミシン』は約1センチの蒼き薄い

パニエでした。

 

 

私の言葉はパニエだ。

私という外と

私という内の間隙に隠された

ポリエステル製のごわついたパニエだ。

 

私は見窄らしい私を

これによって膨らませ

矯正し、

私の気に入る形にする。

 

汗を吸わないばかりか

肌触りの悪い化繊だが

円錐形で自立するそれを眺める時

私はなぜかほっとする。

 

パニエだけで外出したって構わないが

やはりこれはスカートの中に

あってこそのものなのだ。

インチキで優雅な私の最終兵器なのだ。

 

私のパニエは言葉だ。

気味悪い外と

気味悪い内の間に潜む隠された

ポリエステル製の唯一の気高い言葉だ。

 

嶽本野ばら 2019.07.29