こんにちは、暖淡堂です。

 

今回も「菅子四篇」の「心術上」から。

 

原文:過在自用、罪在變化。自用則不虚。不虚則仵於物矣。變化則爲生。爲生則亂矣。

 

書き下し文:過ちは自用するにあり、罪は變化するにあり。自用すればすなわち虚ならず。虚ならざればすなわち物に仵する。變化すればすなわち爲を生ず。爲生ずるはすなわち亂なり。

 

現代語訳:過ちは自分のために動くことにあり、罪は自然のままのものを変えてしまうことにある。自らの好むところで動いてしまうとは、すなわち自分自身が虚ではいられないということである。虚でなければその行動は物事に逆らってしまう。虚の状態から変わってしまうと、爲(いつわり)が生じる。爲が生じてしまうと、乱れる。

(「菅子四篇」、「心術上」より)

 

「菅子四篇」の「心術上」の、ほぼ終わりの部分からの引用です。

国家を運営したり、法を執行したりするものは、自分の好みで行ってはいけない、という話が続いていて、その終盤の部分です。

自分の好みで進めるということは、心の中に好悪の感情があるという状態ですね。

心の中が虚ではありません。

 

そのような状態で国家を運営したり、法を執行したりすると、物事があるべき在り方に逆らった判断をしてしまう。

特定のものだけが得をしたり、別の人たちが大きな負担を負ったりすることになる。

不公平感が世の中に蔓延しかねません。

 

このような好みが反映されてしまった法の執行や政治などでは、どこかに偽りが生じてしまいます。

偽りがあれば、世の中が乱れてしまう。

 

世の中の乱れは、だから法や政治に、それぞれを執り行う人物の好悪を反映させた結果とも言えます。

心を虚にせよ、好悪を基準に判断してはいけない。

「菅子四篇」の言葉は、このように、国のリーダーに語りかけています。

 

政治では、「好み」よりも、「淡々と、あるべき在り方を続けること」の方が大事な気がしています。

選挙で勝つために、無理な対立を作り上げ、個人の嗜好を強調するような言論を政治家がする場面が、もう少し減るといいのではないかなと思ったりします。

 

 

ニヤリニヤリニヤリニヤリニヤリ

 

上の文章の原文は以下の書籍「菅子四篇」から引用しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

爆  笑爆  笑ウシシ爆  笑爆  笑晴れ

 

 

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ
にほんブログ村

 

PVアクセスランキング にほんブログ村

 

 

こんにちは、暖淡堂です。

 

「菅子四篇」からまた一文を紹介します。

「菅子四篇」の「心術上」から。

 

原文:人者、立於強、務於善、未於能、動於故者也。

 

書き下し文:人なるものは、強に立ち、善に務めるも、未だ能わず、故に動くものなり。

 

現代語訳:人々は、励んで自らをたたせ、善いことをなそうと努めるが、それでもまだうまくしとげることができず、それまでやって来たこと、作り上げたものから離れられず堂々巡りしてしまう

(「菅子四篇」、「心術上」より)

 

 

この文章の少し前の部分では、「無為の道」について以下のようなことを言っています。

無為の道とは、因ることである。因るとは、何かを付け加えることなく、また何かを取り去ることもない。形そのものに適った名をつける、これが因の術である。

 

このような「無為の道」が、この世のあるべき姿を実現する「聖人」の行うこと。

この「無為の道」のやり方を信じられず、あれこれと殊更なことをし、無駄な努力を重ね、その結果、本来の天然自然のあり方から離れたものを作り上げてしまう。

そんなことを繰り返すことは、無駄だからやめてしまわないか。

「管子」は、そんな風に言っています。

 

ただ、この無駄なことには、「無駄なお金」などもついてくることがあります。

そのお金で、ちょっとだけ得をする人が、この無駄なことをやめられなくなることもあるのかもしれませんね。

 

そのお金の出所を見失ってもらいたくないな、と、最近はついつい思ってしまいます。

 

 

ニヤリニヤリニヤリニヤリニヤリ

 

上の文章の原文は以下の書籍「菅子四篇」から引用しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

爆  笑爆  笑ウシシ爆  笑爆  笑晴れ

 

 

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ
にほんブログ村

 

PVアクセスランキング にほんブログ村

 

 

こんにちは、暖淡堂です。

 

「菅子四篇」から一文を紹介します。

今回も「菅子四篇」の「心術上」から。

 

原文:人主者立於陰。陰者靜。故曰、動則失位。陰則能制陽矣。靜則能制動矣。故曰、靜乃自得。

 

書き下し文:人に主たるものは陰に立つ。陰は静なり。故に曰く、動けばすなわち位を失うと。陰なればすなわち能く陽を制す。静なればすなわちよく動を制す。故に曰く、静なればすなわち自ら得、と。

 

現代語訳:人に主となる者は表立っては立たず、陰にいるものだ。陰にいるとは、静かに動かないでいることをいう。だからいうのだ、動けば、あるべき場所から離れてしまう。陰にいれば、表にあるものをうまく制することができ、静かに止まっていれば、動いているものを制することができる。静かに止まっているとは、自らのあるべき位置を保っていることである。

(「菅子四篇」、「心術上」より)

 

 

「菅子四篇」は、指導者、リーダーなどに向けられた言葉なのですが、個人の生き方にも活かすことができます。

リーダーに限らず、家族や、会社や、友人とのつながりの中で、どのように振る舞ったらいいのかを読み取ることもできるような内容です。

 

で、この部分。

貴方の周囲にいる人たちがちょっと迷っているような状態を考えてみます。

 

貴方も含めて、落ち着かない状況になっている。

そんな時には、貴方が先頭に立って動き、他の人にあれこれと指示をしたりするのではなく、まず貴方のいるべき位置をしっかりと見極めるべき。

 

心を鎮めて、周囲の状況を見るべきでしょう。

そうすることで見えるものがあるはずです。

それが見えてから、少しずつ働きかける。

 

ことさらなことをせず、大袈裟なこともせず。

無理なことも、派手なことも不要。

本当にやるべきことを、ゆっくりと少しずつ進めます。

 

周囲の人も、そんな貴方の様子を見て、次第に落ち着いてくるでしょう。

その時には、周囲の人も貴方に協力して、状況改善に取り組むことができるはずです。

 

「菅子四篇」の言葉は、こんな風に読むこともできます。

 

 

ニヤリニヤリニヤリニヤリニヤリ

 

上の文章の原文は以下の書籍「菅子四篇」から引用しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

爆  笑爆  笑ウシシ爆  笑爆  笑晴れ

 

 

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ
にほんブログ村

 

PVアクセスランキング にほんブログ村