「入れる」と「出す」の心理学 | やましたひでこオフィシャルブログ「断捨離」Powered by Ameba

「入れる」と「出す」の心理学

入れる

出す

 

出入り口

 

とは言うけれど、

 

入り出口

 

とは言わない。

 

 

すべて出すが先。

 

吐き出したら、吸えるように。

 

呼吸がそうであるように。

 

 

と、若かりし頃、昔むかし、女子学生だった頃、

門を叩いた沖ヨガ修道場で沖正弘導師にそう教え諭された。

 

 

以来、ずっとずっと、「出す」が、この断捨離のやましたひでこの命題。

 

 

 
 
 
BS朝日「ウチ、断捨離しました!」の現場にて。
リビングの有様。
 
 
 
ごきげんさまです。
断捨離のやましたひでこです。

 

 

 

とはいえ。

 

私たちの多くは、入れるが先だと思っている。

 

私たちの大抵は、入ったからから出せると考えている。

 

 

それに、「入り」に対して、強い訴求がある。

 

手に入れる

手に入る

 

それが、私たちが焦点を当てること、意識すること。

 

手放す

手離す

 

つまり、「出す」ことは、そんなに簡単ではない。

つまり、「出す」ことに、そんなに熱心ではない。

 

 

お金を出すことにも、

言葉に出すことにも、

気持ちを出すことにも、

 

必ずと言っていいほど躊躇が伴う。

 

 

「出す」から「入って」くる。

 

いいえ、

 

「出した」からこそ「入ってくる。

 

 

この宇宙のメカニズムは、語り尽くされてはいるけれど、これを、実際に行動に移すのか、あるいは、行動に移せるかは、甚だ心許ないばかり。

 

 

多くの人びとは、出さない。

多くの人びとは、出せない。

 

そして、そのことで、自分を苦境に追い込んでいる。

 

 

そうですね、今日も、そんな現場に立ち会うことに。

 

手にしたモノたち。

手に入れたモノたち。

手に入ったモノたち。

 

それら、すべてがとどまった収納、部屋、住まい。

 

出すことを知らない。

出すことをしない。

出すことができない。

 

そんな有様が、家中のあらゆる空間に展開しているのだから。

 

 

断捨離とは、「出す」ための心理学。