存在していること自体が落ち着かない。
「自分ではない」人間がたくさんいることが恐ろしくて仕様がない。
自分が、何かわけの分からない異分子のような、そんな感覚を、物心ついた頃から感じ続けていた。
自分が何かをしたり言ったりするたびに、笑われる。驚かれる。疎まれる。
なぜかが分からない。
ここにいていいのか、ここに存在していいものかも分からない。
存在することに対する違和感は、少し大きくなっても、(そして今でも)なくなることは無かった。
もしかしたら、私は本当に異世界の異分子かもしれない。
そんな思いは、異世界に還るという空想にふけることにもなった。
異世界への扉はそこここにある。
例えば合わせ鏡。例えば水溜りに映る青空の向こう。竹やぶの薄暗がり。
きっとそこを通っていけば、私の本当の世界に還れるのだ…。
そんな空想は、子どもにはありがちなのかもしれない。
でも、私は、その空想に逃げることで、
「いつかは還るのだ。だから今しばらくはここにいるのだ。ここにいることを許してもらえるのだ」
と自分を慰めていた。そうでもしなければ、「存在することへの違和感」に耐えることが出来なくなっていたかもしれない。
「自分ではない」人間がたくさんいることが恐ろしくて仕様がない。
自分が、何かわけの分からない異分子のような、そんな感覚を、物心ついた頃から感じ続けていた。
自分が何かをしたり言ったりするたびに、笑われる。驚かれる。疎まれる。
なぜかが分からない。
ここにいていいのか、ここに存在していいものかも分からない。
存在することに対する違和感は、少し大きくなっても、(そして今でも)なくなることは無かった。
もしかしたら、私は本当に異世界の異分子かもしれない。
そんな思いは、異世界に還るという空想にふけることにもなった。
異世界への扉はそこここにある。
例えば合わせ鏡。例えば水溜りに映る青空の向こう。竹やぶの薄暗がり。
きっとそこを通っていけば、私の本当の世界に還れるのだ…。
そんな空想は、子どもにはありがちなのかもしれない。
でも、私は、その空想に逃げることで、
「いつかは還るのだ。だから今しばらくはここにいるのだ。ここにいることを許してもらえるのだ」
と自分を慰めていた。そうでもしなければ、「存在することへの違和感」に耐えることが出来なくなっていたかもしれない。