花を見て美しいと思う。
それがどういうことだか分からない。

そういうと、
「当たり前のことでしょう」
一体何を言っているんだろうと、怪訝そうな顔をされた。

鮮やかな色複雑な色彩。それは分かる。
でも、それを美しいと感じることは、全く別物ではないか。
私の言っていることは、そんなにおかしいことなのだろうか。

自分がものを感じるという自覚すら薄かったので、
相手の表情を見て、怖気づいていたことにも気付かなかった。
ただ、それからは、そのことについては一切触れないようにした。


16歳の秋。
下校中、橋の上を通る。
山の向こうに沈み行く夕日が見えた。
それはいつもと変わらない風景だった。
けれど、その時。
初めて、「美しい」ということを実感した。
感じるということは、理屈でもなんでもない、
すとん、と何かが私の中を落ちていく感じがする。
呼吸が止まる。

感じるということは身体反応でもあるのだな、
そんなことを後でぼんやり考えた。
それだけのことが分かるのに、16年かかった。

それから、美しいということの実感がわいたためか、
私にとっての「美しいと感じるもの」が増えていった。
陽に透ける葉脈。大地に根を張る節くれだった木の根っこ。
美しいと思うものは、他者と共有する必要は無いのだ。

今も花を見て美しいとは思わない。
柔らかい、と思う。
私にとってはそれでいいのだ。
そう思えるようになるまで、今までかかった。