皆様こんにちは!
今回はタイガーの幼少期のコーチに注目したいと思います。
タイガーは多くのコーチに師事を仰いできました。
初めてのコーチはルディデュラン氏。彼はプッチ・ハーモン氏よりも認知度は低いですが、タイガーを語る上で外せない人物です。
タイガーは4歳から10歳までルディ氏に教わり、多くの事を学びました。その中でも、有名なのがタイガーのパーを設定した事です。
「タイガーと初めて会ったのは、彼が4歳の時。早速ボールを打たせた。正直な話、信じ難い光景だった。僅か4歳の幼児が、殆どツアープロと思える、スイングモーションをしていたのだ」とルディ氏は語っています。
とは言え幼児の筋力では、飛距離は出ない。タイガーが幼い頃練習していた、ハートウエル・ゴルフ公園の18ホールは、全部がパー3。だが長いものは、140ヤードとか150ヤード。4歳の幼児は、一打で届かない。
一打で届かない距離は、パー4」。それがゴルフの常識。其処で、これら長いホールは、「パー3でなく、パー4でプレーさせた」とルディ。
例えば普通の距離のコースで、子供がゴルフをする。3百ヤード以上もあるホール。ここで子供達の飛距離では、7、8回打っても、グリーンには届かない。多くの子供たちは興味を失ってしまうだろう。
それに比べてタイガーのパーでは、バーディチャンスが訪れる。これは子供達に、ゴルフの面白さを教える上で、最高の教材になる。
その後のタイガーの攻撃的なプレーの元になったといえるだろう。
その他にもタイガーとルディ氏は2つの事で、妥協しなかった。一つは短いパットである。特に短いパットは絶対にOKを出さなかったという。トーナメントでも短いパットを外して勝利を逃すことは少なくないからである。
2つ目はルールについてである。これは幼い子どもだからとルディ氏は甘やかさなかった。
ルディ氏はこれらの指導を7年間してきた。
鉄は熱いうちに打てというが、彼の指導は幼いタイガーに基礎を打ち込み、今のタイガーを作りあげたといっても過言ではないだろう。