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演劇の学校を中退して、今年はあらゆる本を読む為の年にする為の私的メモです。殆どが読んでいる本のメモであるので、パクリじゃないか、と言われてもその通りとしか答えられません。
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①ヘラクレイトス 万物流転説

そもそも哲学史は、人類史上初の哲学者と呼ばれるタレスが、万物の根元は水であると述べたところから始まったと言われる。存在への問いかけはそのくらい古い。

万物は流転する、というヘラクレイトスの眼差しは、存在そのものが何でできているかでは無く、存在に共通するものは何か、に向けられていた。そして、その共通のルールがあるのだと仮定し、それをロゴス(法則)と名付けた。ヘラクレイトスはそれらの存在を、一定の法則に従って変化し続ける何かであると見出した。


②パルメニデス 万物不変説

ヘラクレイトスの主張とは逆に、存在とは決して変化しない何かであると考えた。それまでの哲学者が感覚的にそのものを捉えていたのに対し、パルメニデスは理性的で論理的な方向からものを考えた。それは、存在するものは存在し、しないものは存在しない。そして、存在しているものは存在しなくなることはない、有は無にならない。

りんごをどれほど小さくしても消えてなくなることは無く、別のものになるわけでもない。そういった論理の中でパルメニデスは、存在は変化しないと考えたのである。


③デモクリトス 原子論

古代ギリシャにおいて存在の問題を完成させたデモクリトス。絶対分割不可能な粒、究極の存在にたどり着くとデモクリトスは考えた。それを原子と名付け、原子は空虚の中を飛び回り他の原子と結合したり分離したりして世界が構成されていると想定した

彼はこの世界の全てのものが原子でできていて、人間の死も結局は原子がバラバラになるだけで死後の世界なんてものもないという、唯物的世界観をはっきりと述べた。彼は笑う哲学者と呼ばれ、生きてるうちにいっぱい楽しもうよ的な生を実践した。
再び原子論が議論されるのはデモクリトスから2000年後、それまで、宗教における迷信の時代が続いていた。暗黒時代と呼ばれる中世、それはリテラシーが無くなり、宗教による迷信の時代だった。その後、教会組織の権力が衰えると、古代の学問や技術を取り戻そうとルネッサンスが始まる。

④ニュートン ニュートン力学

17世紀、ニュートンが言う前から引力の存在はすでに知られてた。むしろニュートンは、リンゴが下に落ちる力を使って、月が地球に落ちてこない事を説明した。月は、遠心力と引力とが釣り合っているだけである、と彼は結論した。当時、人間には計り知れない場所としてあった天空をニュートンはあっけなく説明した。
また、彼は微分を発明し、あらゆる物体の運動を説明する数式ーー力学方程式を記述することをした。地上の運動と天空の運動を統一的に扱い、予想できる科学の体系を一人で作り上げた。彼は、科学の神様とさえ呼ばれる。


⑤バークリー 主観的観念論


ニュートンは存在の運動について語ったものの、存在そのものについて語ったわけではない。そんな時アイルランド人バークリーが、存在するとは知覚される事である、と言った。

それになると、存在とは、物質の存在が主なのではなく、固さや色を感じる知覚こそが主であるという考え方が出来るはずだ。バークリー哲学は、世界がすでに物質的世界の実在を素朴に信じていた時代にぶつかり、大反発を受けていた。


⑥フッサール 現象学的還元

常識的な原子の世界観も水槽の中の脳の夢であろうとも、こうに違いない、と確信してるのなら、そんなものはただの思い込みである、とフッサールは言う。真偽のわからないものに対し考えるだけ無駄なのであると。

フッサールにとって、脳の外側の客観的な世界とその世界の科学理論よりも、なぜそういう科学理論が脳の内側に生じたのか、という起源を問いかけるべきだと主張した。我々は、具体的になにから、ある科学理論が正しいと確信できるのか?

フッサールは、あらゆる確信は主観的な意識体験から始まっていると考えた。例えば全世界が誰かの夢の一部でも、主観的な意識体験が我々に起きているのだから世界がこうであると真として語ることができる。

フッサールはこの思考で、物理的な世界が思い込みであると断じ、全て改めて考え直そうとした。フッサールは、我々の主観的な意識の上に起こるあらゆる体験を現象と名付け、この現象(意識体験)からどのような思い込み(人間の判断)が作られているかを学問的に捉え直そうとした。それが現象学である。

意識の上に起きていることは何か、という根源的な問いから、主観的な意識体験が生じるため、人間はこんな世界観、科学理論を持つに至った、と、常識も科学知識も全て意識体験の観点から記述し直そうとした。


⑦ハイデガー 存在論

フッサールの弟子の1人。現存在、世界内存在などと人間に対する造語を作って本を書いていた、ある種、詩人なのかしら? フッサールがカリスマ性無く閑散とした授業をしていたが弟子のハイデガーはとにかく雄弁だった。また、彼は自分の哲学の全貌を知られるのが嫌いで、意味深で思わせぶりな言い方ばかりを好んで使った。

ハイデガーの視線は人間や物事のありようでは無く、そもそもの、存在するとはどういうことか? に向けられた。

存在とは人間内部で生じるもの、存在とは言葉だ。動物はそこを問わない。つまるところ、存在とは何か、という言葉は人間にとっての存在とは何か、ということだ。

ハイデガーの存在と時間に存在そのものの全貌が書かれる前にハイデガーは死んでしまった。ただ、ハイデガーの論理は、存在とはどこから由来した言葉で本当はいかなる意味を持つのか、つまり、存在を知る為にまず人間を知ること、実際、存在と時間でも、人間分析はたまた人生論みたいな内容まですすんでいったりする。


⑧ソシュール 記号論

ソシュール以前の言語学はある国の言語の歴史的経緯や似ている母語同士を比較し祖先を探ったりだったが、ソシュールはそこで新しい言語学の研究を始める。そしてそれをジュネーヴ大学の授業で発表。一般言語学講義は学生が書いた講義ノートである。ソシュールは病死してしまい本がかけなかった。

ソシュール以前の言語はものに張り付いたラベルのようなものという理解のされ方だった、しかし、ソシュールは言語を、差異のシステム、と定義する。言語は、モノがあるからそれに対応する言語が発生したのではなく、区別する価値のあるものに、その区別に対応する言語が発生したのである。

それは、存在をどのように区別したいか、という価値観に由来する。言語体系の違いとは、区別体系の違いである。フランス言語圏ではパピヨンという言葉で蝶と蛾を区別しないひとつの単語でその二種類の虫を表す。英語圏では茶色いうさぎと白いうさぎそれぞれに別の言語で区別するが日本ではどちらもウサギである。ソシュールは、言語は差異である、といった。

あなたがいない世界はあなたが考えるような世界として決して存在しないし継続もしない。なぜなら、存在とは存在に価値を見出す存在がいて、初めて存在するのである。