私はパラリンピックも大好きです。
肢体不自由等は個々で状態、重さは異なりますが障害を補って余りある自分の得意なことを活かしていくパラリンピックはオリンピックとはまた違った発見や、人間の持ってる力の凄さ、可能性を応援しながら同時に気付かされます。
また、パラリンピックの代表選手は年齢層が高めでパラリンピックのベテラン選手も多くいらっしゃいます。障害だけでなく自らの身体の老いにも上手く付き合いながら選手として活躍する姿に尊敬します。
だからこそ気になるのが、世の中のパラリンピックへの注目度の低さ、選手たちへの待遇等を考えるとパラリンピックへ出場する選手にとっての「障害」は選手自身の身体的特徴ではなく、社会のあり方にあるんじゃないかといつも思ってしまいます。
オリンピックのメダリストへの報奨金とパラリンピックのメダリストへの報奨金の開きにも驚いてしまいました。
ただでさえ練習環境の確保などがオリンピック選手たちよりも大変なのに、せっかく得た栄誉に対する対応もそうなんだと思ってしまうと壁や害になっているのは持って生まれた、或いは後天的になった障害ではなく社会の方じゃんと思います。
ちなみに私は手帳等が交付される程ではありませんが、慢性的な疾患を複数抱えています。健常者でもなく、手帳を発行される程のものではないグレーゾーン人間。
「そうしたグレーゾーン人間もいるんだよ」っていう声はどうすれば国や政治家をはじめ多くの人に伝わるのかなーなんてことをパラリンピックを通して考えてしまいます。
2020年に東京五輪が開催されますね。
オリンピックとパラリンピックの格差が改善されることを願います。



