好きな人と結ばれた甘い余韻を
もっと味わっていたかった。

腕の中でいい夢を見たかった。


なのに


「サエキョちゃんと付き合ってるの」


そんな話を聞いたもんだから
急に現実に戻される。




「いつから?」

「一番最後にシンタロの店で呑んだ時に
連絡先を訊かれて、それから」

「ああ…」


マイムちゃんが冗談で

『付き合っちゃえば?』って言った、
あの時か。


まさか本当に付き合うとは…





ベッドから抜け出して
床に脱ぎ捨てられた服をさっさと着る。



心の中で荒れ狂うこの感情は

サエキョに向けられた嫉妬。



「ごめんね」

「なんで謝るの?」

「だって、付き合ってる人がいるのに
グレ子ちゃんを…」


ほんとそれ。


なんで付き合っている女がいるのに

私を「好きだ」と言うのか

しれっと抱けるのか


ヤタベェも意外とヤリチソだったのか?



「こっちだよ」と優しく

手を引いてくれる人がいて

幸せの頂上に登れて

喜んでいたのもつかの間

背後から蹴りを入れられて

奈落の底まで突き落とされたような


絶望感。




『ずいぶん、えげつないこと
してくれるよね』


そんな暴言を吐いてしまいそうで
ギリッと唇を噛んだ。





帰ろう。

もう、なかったことにしよう。

ヤタベェのことは、何もかも。


バックの中からブラシを取り出して
乱れた髪を整え

ヘアゴムで無造作に結んだ。




ポロン ポロロン


ポロン ポロロン


LiNEの着信音が鳴り続けている。 

ヤタベェは携帯を開かない。



ポロン ポロロン
ポロン ポロロン…




ポロン ポロロン
ポロン ポロロン
ポロン ポロロン
ポロン ポロロン
ポロン ポロロン
ポロン ポロロン
ポロン ポロロン
ポロン ポロロン
ポロン ポロロン
ポロン ポロロン





えっ、ちょっと…

いくらなんでも鳴りすぎじゃない?



18回…


32回…



数を数えている間に

嫉妬心も絶望さえも上回るほどの

恐怖を感じ始めた。



「ヤタベェ、これ…」

「うん…」


部屋の中がズッシリと重い空気に変わる。


ポロン ポロロン

49回…

ポロン ポロロン

50回。


ここで、やっと静かになった。




「いつもこんな感じなの」

ヤタベェが重い口を開く。

「既読にならないと、ずーっと
送り続けるのよ。ちょうど50回まで」

「ええ…」


怖い怖い。



「なんて書いてあるの?」

「あんまり言いたくないけど…
『私のこと好きか』とか『浮気してるだろ』
とか『死んでやる』とか…」

「し、死んでやる!?」

既読にならないだけで!?


「リスカした画像を送ってきたりね」

「ええええ…」


もうこんなの、ホラーでしょ。

しかもまだ付き合い始めてから
何ヶ月しか経ってないのに…



「狂ってる」

思わず言ってしまった。



「はぁ…」

大きな溜め息をついて
煙草に火をつけるヤタベェ。


「あれ?禁煙に成功したんじゃ
なかったっけ?」

「そうなんだけど…なんかイライラ
しちゃってね」


相当、精神的に追いやられて
いたんだろう。



「付き合ってるって言っても、
5、6回遊びに行ったり飲みに行ったり
しただけなのよ」

「そうなんだ」

「ちょっと怖い子だな…と思って、
それからあんまり僕から
連絡とらないようになって」

「それでこの着信?」

「うん」


聞けば、デートに行かされるのは
ヤタベェが興味ないアーティストの
コンサートや派手なクラブやらで、

ヤタベェが他の女の子を見たりすると
その視線をチェックしていて
突然火がついたように怒り出し、

交差点に飛び込もうとしたり
歩道橋から飛び降りようとしたり

一度スイッチが入ってしまうと
手がつけられない子らしい。



ヤタベェがゲッソリした理由は
これだったのか…



「ヤタベェさ、サエキョのこと
好きで付き合い始めたんじゃないの?」


私が投げかけた質問に
ヤタベェは黙って煙草の煙を
くゆらすだけだった。