ヤタベェはシンタロさんの店に
行きたいようだったが
「ゆっくりした方がいいよ」
と、私が止めた。
「じゃあ…またね」
不安そうな、どこか悲しげな、
そんな表情で言うヤタベェに
またね、とは言えず
「じゃあね」
玄関のドアを閉める。
廊下を歩く途中で振り返ると、
ヤタベェはドアを少し開けて
私を見送ってくれていた。
いつものように
笑顔で手を振ることはできない。
「こっち生ねー!」
「はーい、すぐお持ちしまーす」
「サラミとチーズのバゲット下さい」
「はーい、少々お待ちを」
BARロンタシーは
今日もそこそこの賑わいで、
さっきまでのことを思い出す
暇もないほど忙しい。
それが有り難かった。
お客様も全員帰り、
あと1時間で閉店という時に
「くぉんばんわぁ〜ん」
ベロベロに酔った子が入ってきて、
入り口でゴロンと寝転んだ。
「あーあ、サエキョちゃん
そんなに酔っ払って」
サエキョ……!
なんで来るんだよ。
よりによって、こんな日に…
ヤタベェを止めて正解だった。
「シンタロさぁ〜ん、助けてぇ〜」
甘えた声を出してシンタロさんの首に
腕を絡み付けるサエキョ。
「しょーがないなぁ、よいしょ!」
なんとか起き上がらせ、ソファー席まで
引きずってゴロンと転がす。
あーあ、
胸元がはだけてモロ見え…
「シンタロさんはここにいて!
話を聞いてよぉ〜」
太ももをガシッと掴んで離さないので
シンタロさんは諦めて席に座った。
「今はお客さんがいないからいいけど、
ワガママは今日だけだよ」
「わかったぁ〜」
わかってねーだろ、と思いつつ
テーブルにお冷やを置きに行くと
「彼氏がね〜、会ってくんないのぉ」
カタン!
動揺して思わず
グラスを倒してしまいそうになった。
「サエキョちゃん、彼氏いたんだ」
「いるよぉ、付き合ったばっかだけど」
「なんで会ってくれないの?」
「わかんなぁ〜い!既読スルーだもん」
ヤタベェのことだ、間違いない。
カウンターに戻り
食器を拭きながら聞き耳をたてる。
「仕事とか言い訳しちゃってさぁ〜、
絶対嘘だよ!きっと浮気してるんだ!」
「なんでそう思うの?」
「だって、好きな女いるっぽいもん」
毛穴という毛穴から
汗がジワーッと出そうになる私。
「なんでそんな男を彼氏にしたの」
「付き合う前に1回呑みに行ってね、
酔っちゃって帰るの面倒くさくて、
彼氏をホテルに連れ込んだのぉ」
「ヤッちゃったわけか」
「それがね、私みたいな若くて可愛い子が
誘ってるのに、なぁ〜んにもしてこないの!
バカでしょ、オッサンのくせにさ」
「えっ、ヤッてないの?もったいない」
「結局ヤッたけどさぁ」
後頭部をハンマーで殴られたような
心臓を拳銃で撃たれような
ものすごいショックを受ける。
落ち着け…落ち着け…
自分に言い聞かせて、
なんとかギリギリ平然を保つ。
「そりゃあ、その巨乳だもん。
どんな男も堕ちるよなー」
「ふふ、いろんなことしてあげたよ」
両手で自分の胸を持ち上げ
タプンタプンと揺らすサエキョ。
頭がクラクラしそう。
「でね、その後向こうから
『付き合おう』って言ってきたんだよ」
「責任でも感じたのかな」
「そうじゃない?1回ヤッたくらいで
責任とか、笑っちゃうよねぇ〜」
「真面目な男だな…。あっ!
もしかしてチェリーだったとか?」
「それはないと思うけど、ものすごい
ヘッタクソだったよ!」
「マジかー!」
ははは!と爆笑する2人に向けて
皿を投げたくなる衝動に駆られる。
ヘタクソじゃなかったもん!
「付き合おうって言ってきたから
付き合ったのに、既読スルーとか
マジないわ!ムカつく」
「本当に浮気してるのかな?」
「してるよ!伊藤って女だよ、きっと。
着歴とか消してる気配あるもん」
ギクリ
ぶわっと汗が吹き出た。
名前はバレてしまった。
でも大丈夫、大丈夫。
本名を教えたのは
信用しているヤタベェだけだ。
シンタロさんとマイムちゃんには
明かしていない。
申し訳ないけど、
この2人には感謝はしていても
心の底から信じてはいないんだ。
言わないでいて良かった。
セーフセーフ…
「グレ子ちゃーん!」
「はっ、はいぃぃぃ!?」
急に呼ばれて動揺を隠しきれない。
「俺はロック、サエキョちゃんは?」
「私、芋焼酎!」
「おおーっと!いくねぇ?」
「うん、いっちゃう!いくいくぅ!」
「サエキョちゃんはヤラシイ女だな」
「シンタロさんもエ口いよね〜」
お酒が進むうちに2人の
聞くに耐えないエ口トークが始まり
シンタロさんはサエキョの胸を
ムニュムニュと揉みしだき
そのうちに
スカートをたくし上げて手を突っ込んで
「いっちゃう!いくいくぅ!」
なんて言わせてる。
アホくさ。
閉店時間きっちりに店を出てやった。
あの2人はヤリ部屋へ直行だろう。