翌日の午前中、ヤタベェと神社に
初詣に行ってから帰宅する予定だったが
体調が悪いと嘘を言って
朝イチで帰った。
ショックすぎて
ヤタベェの側には居れなかった。
トンネルに入った電車の窓に映る
能面のような顔。
割り切れるわけないじゃん。
好きだもん。
ヤタベェだって
好きって言ってくれたじゃん。
なのに、なんで……
お見合いなんて断ってほしかった。
思い出すとどんな感情が
剥き出しになるかわからない。
突然怒り出し
怒鳴り散らして荒れ狂うのか
突然涙をこぼし
子供のように泣き叫ぶのか
押し殺した本心が
暴発するのは間違いない。
こんな時、どうしたらいいのか
私は知っている。
「無」になるのだ。
何も考えないよう
頭も心も「無」にする。
家に帰ると
リビングではハルと子供達が
おせち料理の残りをつまんでいた。
「お母さん、おせちなくなったー」
「あら、完食ありがとうございます」
無表情の顔の上に、笑顔のお面をつける。
イワシの生姜煮、きんぴらごぼう、
筑前煮、いんげんの肉巻き、煮豆…
高級食材を使ってない、
庶民的なナンチャッテおせち。
「なんか地味なんだよなあ、
海老と栗きんとんくらい入れてよ」
…ハルさんよぉ、
文句があるなら
おもてなし子ちゃんに立派なおせちを
作ってもらいなさいな。
ピキッ…
お面にヒビが入る。
ふと、テーブルの上に置きっぱなしの
車の鍵が目に入った。
見たことないキーホルダーがついている。
交通安全…
◯◯神社…
へー、御守りかあ。
ジーッと見る私に気付いたのか
「いやー、やっぱ正月の神社は
混んで混んで大変だったわ、ははは!」
ハルが白々しく笑う。
へー
昨日、おもてなし子ちゃんと初詣に
行ったのね。
出不精のハルがわざわざ
人混みに行くわけないものね。
ピキッ…
ヒビが入ったお面が
ピシピシッ…
ボロボロと砕け落ちる。
「無」の抑制が効かなくなり
現れた私の素顔は…鬼。
「私も連れて行け」
そんなこと望んでもいないのに
なぜか口から飛び出した。
「私、お参りしてない。連れてけ」
「えっ?」
キョトンとするハル。
「なんでアンタばっかり!!」
暴言が止まらない。
「なんでアンタが出かけるんだ!」
なにを言ってるんだ、私は。
「アンタが私と出かけないから
ひとりで遊びに行くようになったのに、
これじゃあ本末転倒だよ!」
もちろん一緒に行くつもりなんてない。
やつあたりもいいとこだ。
嫉妬。
激しい憎悪。
うまくいってる
ハルとおもてなし子に。
口火を切ったら
自分でも止めようが無くて
「私のこと頭おかしいとか思ってんだろ!
わかってんだよ、そんなの!
頭おかしい嫁で悪かったな!!」
バタン!
部屋に入ってドアを力任せに閉める。
「きしゃああああ」
わけのわからない叫び声をあげ
バックを叩きつけ
枕をぶん投げ、蹴り上げた。
なんだろう
最低のことをしているのに
ものすごく、爽快。
怒りに身をまかせるのって
気持ちいい。
「うりゃああああ」
壁に掛けてあった
ハルのスーツとネクタイを
床に投げてバラ撒く。
香水の匂いが鼻をかすめた。
「ふははははははは!」
謎の笑い声をあげ
ネクタイをドンドンと踏み
「くっそダセェんだよ!」
さらにグリグリと床に踏みつける。
ああ、なんかスッキリした。
何事もなかったかのように
きちんと片付ける。
さあ、お昼ごはんの用意をしよう。
おもてなし子ちゃんより
不味いカレーを作りましょうね。
さてさてさて。
今年も来ました、バレンタイン。
ハルが貰ってきた、
誰もが知ってる高級チョコが
おもむろにテーブルの上に置かれている。
しかも、5個。家族の人数分。
毎年毎年、律儀ですねえ。
もうこの時期の風物詩みたいに
なってるよ。
最初の頃は「誰?誰から貰ったの?」
なんて大騒ぎだったけど、
今は「どーせおもてなし子でしょ」
という感じで、誰も興味を持たない。
「お父さんもさー、貰ってきた
本人なんだから食えばいいのに」
「放置されても困るよねー」
「誰も食べないもんなあ」
「だって、ぶっちゃけ不味いもん」
「てか、なんで家族分くれんの?」
「アピールじゃね?」
「くれる方もくれる方だけど、
貰う方も貰う方だよねー」
「テーブルに置いとく意味も謎だし」
子供達が困惑した顔を見合わせる。
「よし」
私はチョコの箱を一気に5個抱え、
夫婦部屋でラノベを読んでいる
ハルの横にドカッと座った。
「誰も食べないし、もったいないから
私がいただきますよ!」
ガサガサとラッピングをはがし、
チョコをつまむ。
パクッと口に入れて
「うげぇ〜!まっず!ペッペッ!」
ゴミ箱に吐き出してやった。
ハルはラノベを持ったまま
無言で私を見ている。
「毎年毎年ご丁寧にくれるのはいいけど、
もっと美味しいチョコにして欲しいよ」
ブツブツ文句を言いながら
次々と箱を開けてチョコを口に放り込み、
「うわぁ〜!これもまずっ!」
またゴミ箱にペッ!と捨てる。
食べ物を粗末にするのはいけない。
最低なことをしているのは
重々承知の上だ。
「あなた、本当に何やってんの?」
ハルが半笑いながらも
若干 引き気味で私に言う。
ゴミ虫を見るような目で
ハルを睨みつけ
「ケッ!」
言い放って部屋を出た。